第30話 怪我の功名

「な、何の事かしら……」


 俺の指摘ちょうはつをエイナスが笑顔のまま、しかし頬を微妙に引くつかせながらスルーしようとする。これが小学生男子の揶揄いなら追加でカツラを引っぺがす残酷なイベントまであり得るが、流石にそこまでする気はないので止めておく。


「まあいい。で?用件は?まさか以前の事を謝罪に来ただけじゃないんだろ?」


「ええ、まあそうね。実はあなたにお願いがあってやって来たのよ。お願いって言うのは――」


「断る!」


 最初は取り敢えず話だけでも聞こうと思っていたのだが、俺はふとある事に思い至り、エイナスの言葉を遮ってノーを突きつけた。内容も聞かず断ったのは、ある事を確認する為だ。それは――


 ――召喚側の対策セーフティー


 例えば、急に意味不明な世界に呼び出されて面倒事を頼まれたとしよう。召喚された――と思っている――人間がそれを快く引き受けるだろうか?普通に考れば、それがすんなり通る筈もない。実際、俺も面倒事を避けるために無能なふりをしてその場をやり過ごしてる訳だしな。


 まあ報酬——富や名誉に女。元の世界に戻すなど――を提示する事で懐柔する事も出来なくはないだろうが、それでも全員が全員、それで首を縦に振るとは限らない。


 その最たる例が……魔王だ。


 まあ流石に魔王は極端な例だが、どんな提示にも首を縦に振らない人物がいたとしてもおかしくはない。そうなった時、召喚した側は、じゃあしょうがないねとなるのだろうか?


 否。


 俺の時はそもそも能力がないと判断されたから放置されたが、普通ならそうはならなかったはずだ。そんな軽い物なら、俺が召喚された時に、王女と魔塔の副塔首が責任の押し付け合いなどしていなかっただろう。なので、何が何でも自分達の都合を押し付けようとするはず。


 だが、勇者は強力な力を持っている相手だ。無理強いは容易くない。そう考えた時、相手の意思を無視する一手――対策セーフティーを用意していると考えるのが自然だ。


「そう結論を急がないで頂戴。貴方にとっても悪い話じゃないのよ。だから――」


「くどい。お前らの頼み事を受けるつもりはない」


 まさか話も聞かないうちに断られるとは思わなかったのだろう。エイナスが慌てて交渉しようとするが、それもぴしゃりとシャットアウトする。強烈な殺気を放ちつつ。


 真正面から俺の殺気を受けて、余裕が吹っ飛んだエイナスの苦し気に顔が歪む。さあ、もう説得は出来なくなったぞ。強制出来る何かがあるのなら見せてみろ。


 使われると危険じゃないか?


 問題ない。魔王も変身前の状態でそれを乗り越えている様だった――人型でうろついていた事から推測――し、きっと俺にも出来る筈。エイナスもそう考えているからこそ、此方に怯えているのだ。


 ……最悪、耐えられなきゃ屈伏するふりをすればいいだけだしな。


 相手の切り札がどういった物か知ってさえいれば、後々対処方法を見つける事は可能だ。俺は天才だからな。まあ仮にそれが死に直結する様なものだったとしても、肉体が粉々にでもされない限り蘇生も出来るし。


「く……そんな態度を……はぁ、はぁ……取っていいのかしら?こっちには……切り札がある……のよ……」


 ……ちょっと強くし過ぎたか。


 俺の殺気に、エイナスが苦しげに喘いで膝を突く。その影響は彼女だけではなく、後ろに控えていた兵士達にもでている。まあそこまでなら問題ないのだが、離れている場所の一般人にまで影響が出てしまっていたので、俺は慌てて殺気を引っ込めた。


 殺気はコントロールが難しいな……


 これは最近威嚇用に開発したばかりで、まだまだ上手く調整できていない技だ。一見単純そうに思えるだろうが、実はこれ、中々に難度の高い技術だったりする。ゆくゆくは、遠くの相手にピンポイントで浴びせられる位にまで錬磨したい所である。


「切り札ね。なら、その切り札とやらを見せて貰おうか。それ次第で、俺の気持ちが変わるかもしれないぞ?さあ、やって見せろよ」


 俺は両手を開き、見下す目つきでエイナスを挑発してやる。ここまですればきっと使って来るだろう。


「私は……こんな野蛮な真似はしたくはないの……話さえ聞いて貰えればよかったんだから……」


 殺気から解放されたエイナスが、グダグダ言いながらゆっくりと立ち上がって来る。


 言い訳を口にしているのは、もし切り札を使って俺を押さえつけられなかった時の保険だろう。本意ではないと思わせる事で、俺のヘイトを和らげるための保険。小賢しい女である。


「でも良いわ。貴方が望むのなら、見せて上げる。後悔する事になっても知らないわよ?」


「そんな物はしないさ。さっさとやってみろ」


「いいわ。痛いだろうけど、恨まないで頂戴よ……行くわよ!」


 エイナスが俺に右掌を向ける。そこには不思議な文様が浮かんでおり、それが光り輝いたかと思うと――


「………………ん?」


 ――何も起こらない。


「……何もないぞ?」


「へ?」


「「…………」」


 数秒の沈黙。見つめ合う俺とエイナス。どういう事だ?


「え?なんで?何でなんともないの?もう一回!」


 再びエイナスが右掌を向け、紋様が光る。だがやはり何も起こらない。


「そんな馬鹿な!?耐えるならともかく、発動自体しないなんてそんな事!?」


「ふむ……」


 頭を抱えてパニックになっているエイナスは捨て置いて、何故彼女達の用意した対策が発動しないのかを考えてみた。


 俺がハズレだからセーフティーはかけられていなかった?


 仮にあと掛けだったとしても、それはないだろう。もしそうなら、エイナスの行動が意味不明である。かかっていると思っていたからこその、今の言動と反応な訳だからな。


 何らかの理由で解除された?


 それも正直、考えづらい気がする。強力な勇者を縛るための楔だ。普通に考えれば、ちょっとやそっとの事では解かれない様にしてあるはず。何かの拍子で簡単に外れるとは思えない。もしそんな簡単に解けるのなら、余りにも勇者の運用が不安定なりすぎるし。


「じゃあ何で……あ、そう言えば!」


 簡単には解けない。だが簡単ではない事が起こったなら?そう、それこそ普通ならあり得ない事が起こっていたなら……


 ――そして俺は半年前、まさにそう言う経験をしていた。


「なあ、ひょっとして……その切り札ってのは死んだら解ける物か?」


 そう、俺は魔王によって一度死んでしまっている。セーフティーがどういった物かは知らないが、死んだ後にまで維持する意味はない。ならば死ぬと同時にそれが切れてもおかしくはないだろう。


「へ?え?あ?そ、そうね……死んだらそりゃ消えるとは思うけど……」


「なるほどな……」


 となると、やはりそれが正解の様だ。魔王に殺されたお陰で楔が取れるとか、此処はあいつに感謝しとくべきか?いや、無いな。殺されて喜ぶとかありえない。何より、あいつのせいで師匠や多くの人間が命を落としているのだ。あの糞野郎を唾棄だきする事はあっても、感謝など論外だ。


「あの……その……ひょっとして……勇者様は自力で解いた……のですか?」


 エイナスがオドオドしながら聞いて来る。セーフティーが効くかもという僅かな希望も吹き飛ばされ、彼女の顔色は今や真っ青だ。


 何せ効かない所か、解除されていてる訳だからな。もはや打つ手なし。彼女からすれば丸腰でライオンの前に立ってる様なものだろうし、さぞ不安な事だろう。


 まあ取りあえず、これでセーフティーの心配はもうない。


「まあそうなるな。まあいい。それで?お前さんは、俺に何を頼もうとしてたんだ?」


 俺は視線をあっちこっちへとやる、挙動不審なエイナスに改めて用件を尋ねた。


 確認のために断ったが、話自体は最初から聞くつもりだったからな。この国の王家が、勇者である俺に何を求めているのか知っておいても損はない。


 もちろん、話を聞くだけで頼みごとを受ける気はさらさらないが。

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