第47話 賢者アトモス

 教官に案内され、数日過ごした場所とは別の、本格的に寝泊まりする寮へと案内される。かなり大きな建物で、その外観はちょっとした宮殿といった感じの豪華な造りになっていた。


「ここが今日から諸君が寝泊まりする場所だ。食事は基本食堂で取って貰う事になるが、可能なら自炊出来る様にもなっている。後、部屋にシャワーはあるが、風呂に入りたいときは大浴場を使ってくれ」


 用意された個室はかなり広い物だった。親子4人所か2世帯が余裕で広々と暮らせそうなぐらい。ぶっちゃけ、俺個人としてこんな広さは全く不要だ。まあ恐らく、使用人を傍に置く貴族辺りが基準になっているんだろうと思われる。エナイスは同行して来た文官っぽい女性陣と、一緒にそこで暮らすみたいだし。


「あんまり落ち着かんな」


 寮の説明が終わり、仮宿所に置いてあった荷物を運びこみんだ所で一息ついてそう呟く。調度品は見るからに超一級品。最高の持て成しをって感じなのかもしれないが、堅苦しい感じがして、個人的には逆に少々生活し辛く感じてしまう。


「まあ気にする程ではないか」


 どうせ寝泊まりする以外は外だしな。

 その時、部屋の扉がノックされる。気配は知らない人物の物なので、ネイガンやエナイス達ではないだろうと思れる。


「誰だ?ああ……そういや、大賢者アトモスって人が俺に会いたがっているってバルムンクが言ってたな」


 ドアを開けると、予想通り『ざ、魔法使い』と言った感じのローブを身に着けた男が立っていた。その男は自分がアトモスの遣いであると名乗り、俺を案内したいと告げる。


「分かりました」


 相手の興味を満たせない事は分かっていたが、俺はその案内に素直に従う。特にやる事が無かったというのもあるが、大賢者と呼ばれる人物に俺自身も少なからず興味が会ったからだ。何せ大賢者って大層な呼称で、しかもこのアカデミー唯一の魔法の講師な訳だからな。


「ここから転移した先になります」


 青塗りの建物の一室に案内されると、そこには複雑怪奇な魔法陣が描かれていた。どうやら転移用の陣である様だ。


 因みに、紋様を覚えたら俺も転移が、という様な真似は残念ながら出来ない。陣の端に不思議な力を有した触媒が置かれてあり、こういった陣はそれありきとなっているからだ。


「こちらです」


 転移で飛んだ先は小部屋だった。窓の外から見える景色から、そこがかなり高い場所だと分かる。おそらく、魔塔って奴だろう。この世界の魔法使いは、とにかく塔を拠点にしたがるらしいので。


「アトモス様。お客様をお連れしました」


 大きな扉を案内人がノックする。少し気になったのがドアの右下に猫扉――にしては少し大きいが――の様な小さな扉がついていた事だ。賢者はペットでも飼っているのだろうか?


「どうぞー」


 室内から子供の様な高い声が返って来た。賢者の声にしては若すぎるので、弟子、もしくは小姓あたりだろうと思われる。部屋の主でもないのに返事してるのは少し気になるが、まあ些細な事だと流しておく。


「失礼します」


 書類などが乱雑に散らばった、まあ一言で言うなら汚い部屋。その奥には大きな机が置かれており、その上には大きな白いネズミがちょこんと座っていた。一瞬ペットかとも思ったが――


「うん、よく来てくれたね。私が大賢者ことアトモスだ」


「――っ!?」


 そのネズミが口を開いて言葉を話す。しかも、自身が大賢者であると。驚いて案内人の方に視線をやると……


「このお方がアトモス様です」


 案内人からそう返って来た。どうやら冗談抜きでこのネズミが賢者の様だ。地球でならあり得ないが、ここは魔物なんかもいるファンタジーの世界だしな。まあそう言う事もあり得るのだろう。


「ふふふ、驚いてるみたいだね。まあ無理もない。初めて会う人間は絶対僕を見て驚くからね。あ、因みに、案内の彼には絶対に正体をばらさないよう言っておいたんだよ。知ってたら、驚く顔が見れないしね」


 そう言って机の上のアトモスがウィンクする。どうやら、この賢者様は少々お茶目な性格をしている様だ。

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