第35話 婚約者

「おお、これはこれは……フェイガル王国第一王女、エナイス様ではございませんか」


 俺達が受付を終え、仮宿舎へと案内されると、先に来ていた集団と出くわした。どうやら、声をかけた人物はエナイスとは旧知の様だ――ヒーローアカデミーへはエナイスもついて来ていた。フェイガル王国代表兼、アカデミー生候補として。


 なんだかんだで、彼女は年齢の割に優秀な部類だからな。たぶん、フェイガル王国選抜では俺とネルガンの次ぐらいだ。まあとは言え、参加の一番の理由は、おそらく勇者召喚の責任問題だろうが。国に甚大な損害を与えた責任で魔王討伐に参加させられる。十分あり得る話だ。


 ……エナイスはこいつの事をあまり良くは思っていない様だな。


 相手のニヤケ顔と、彼女の若干の表情の変化から、関係性があまり良好でない事が薄っすらと読み取れる。


「お久しぶりですわ。ザケン王子」


 エナイスの表情の変化は極僅かな物で、天才である俺以外は多分気づいていないだろう。彼女は作り笑顔でニヤケ面の男――ザケンへと、スカートの裾を摘まんで優美に挨拶する。性格こそ腐ってはいるが、流石は王族だけあって礼儀作法はしっかりしていた。


「エナイス様と同じ学び舎で切磋琢磨できると思うと、喜びで胸が震える思いです」


「ふふ、気が早いのですね。まだお互い、アカデミーに通えるとは限りませんわ」


「ははは。エナイス王女程優秀な方なら、間違いなくテストはパスされる事でしょう」


 ザケン王子は自分が落ちる心配は微塵もしていない様である。まあ確かに、こいつはそこそこやる様だ。たぶん脳筋のネルガンよりかは強いんじゃないだろうか。立ち居振る舞いに大きな隙がない。


「ささ、此処で立ち話もなんです。私の部屋でお互いの将来について――」


「おほんっ!」


 ザケンがエナイスの肩に降れた瞬間、それを咎めるかのようにネルガンが大きな咳ばらいをする。


「ザケン王子。いくら婚約中とは言え、まだ未婚の王女の体に触れるのは問題がございます」


 ネルガンが未婚の王族女性に気軽に振れた事に対して、苦言を呈した。彼は戦闘時に奇声を発する脳筋だが、いい所の出なので、礼節関連は意外としっかりしていたりする。


 しかしエナイス王女の婚約者か。俺なら絶対ノーサンキューだがな。顔がいいのは認めるが、性格に難があり過ぎて話にならない。まあ政略結婚だろうから、良いも悪いもないんだろうが。


「成程。確かにこれは私が軽率だったな」


 ネルガンの指摘を受け、ザケンがエナイス王女の肩にかけていた手を離す。


 ……性格は宜しくないみたいだな。


 その際。ザケンのネルガンに向けた目つきが一瞬だけ、本当に一瞬だけだが、明らかに侮蔑の光を灯していた。 騎士如きが王族様に口出してんじゃねぇ。的な。


 ……まあ王族なんて皆そんなもんか。


 ただ王族に生まれて来たってだけで、周囲から持て囃される人種な訳だからな。そんな人間が、どんな性格になるかなんて考えるまでもない。まあ全部が全部そうだとは言わないが、往々にして歪む事は想像に難くない事だ。


「ザケン王子様。私も国の人間として色々と用事が御座いますので、お話は後日という事で」


「ふむ……仕方ないですな。ではまた」


 エナイスが社交辞令的な断りを入れると、ザケンはあっさりと引き下がった。


 先程ネルガンに強引なさまを指摘されているので、これ以上は自身の恥じになるとでも思ったのだろう。貴族や王族は面子めんつを重視するってイメージがあるからな。


「こちらにどうぞ」


 アカデミー側が用意してくれた案内人に連れられ、俺達は用意されたゲストハウスへと向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る