第25話 山の魔物

 日が暮れようとする頃、僕たちは通りがかりの村に立ち寄ることにした。


「まずは村長さんに挨拶ね」

「うん、分かった!」


 指をたてるジーニーさんのアドバイスに、パールは肩に止まった僕をなでながら元気よく応える。


 だけど村の様子が少しおかしい、外に出ている村人がほとんどいないんだ。


「あれ~、誰もいないね」

『妙ですね。何かあったのでしょうか?』

「ジークフリートもそう思う?」


 馬車を降りて静まり返った村を歩きながら、剣のジークフリートと会話するパール。


 そんな彼女にジーニーさんが微笑ましそうに言う。


「その剣も大事にしてるのね。話しかけてる様子がまるでお友達のようだわ」

「ん、ジーニーさんにはジークフリートの言葉が聞こえないの?」


「――パール、ジークフリートの言葉は持ち主にしか聞こえないんだ」

「そういえばそうだったっけ」


 調子よくペロッと舌をだすパールに、僕は翼をすくめた。


「大事なことなんだから忘れないでくれよ……」

「ごめんごめん。……あれが村長さんのおうちかなあ?」


 パールが指差したのは、ひときわ大きくて立派な茅葺き屋根の家。


「すみませ~ん、この村で夜を過ごしてもよろしいでしょうか?」


 ジーニーさんが扉を叩きながら訊くと、中からしわがれた声が返ってくる。


「どうぞお入りください」


 お言葉に甘えて中に入れさせてもらうと、待っていたのは白いひげをたくわえた老人だった。


「あなたが村長さん?」

「いかにも。あなた方は旅の者で?」

「はい! わたしはパール、こっちがジーニーさんとフクロウのエリオスです!」

「ジーニーです。どうか一晩よろしくお願いします」


 ジーニーさんがお辞儀をすると、村長さんは白いひげをなでながら笑みを浮かべる。


「ほう、フクロウを連れているとは珍しい。どうぞ、この村で夜を明かしてくださいな」

「ありがとうございます!」

「良かったわね、パールちゃん」


 こうして僕たちはこの村で夜を明かすことにしたんだ。


 とある民家にお邪魔させてもらうと、若い夫婦が快く受け入れてくれた。


「お邪魔しまーす!」

「あら、元気な娘ね。村長から話は聞いてるわ、どうぞゆっくりしていってね」

「はーい!」

「ありがとうございます」


 それから空いてる部屋に案内される間、家内のあちこちで夫婦と幼い娘の絵が散見される。


「可愛い娘さんがいらっしゃるのですね」


 ジーニーさんがそう口にした途端、夫婦の顔が曇った。


「娘はもう帰ってこないよ。この前山へ行ったっきり行方不明になったんだ」

「きっと魔物に襲われたんだわ、娘の服の切れ端が山に落ちていたもの……」

「あら、ごめんなさい……」


 うっかり触れてはいけない話題に踏み込んでしまい、ジーニーさんはいたたまれなくなってしまう。


「山に魔物が現れてからというもの、村では行方不明の者が大勢出てきてるんだ。おかげで村はすっかり静かになっちまった」


 旦那さんのやるせなそうな言葉に、僕たちは沈黙した。

 そんな事情があったんだね……。


 そこへ威勢よく口を開いたのはパールだった。


「わたしたちがその魔物をやっつけます!」

「本当かい?」

「けどキミみたいな娘さんにできるのか!?」

「はい! わたしたちこう見えて強いので!! ――いいよね、エリオス」


 パールが顔を向けてささやいたので、僕も小声で了承する。


「もちろんだ。人助けをするのも勇者の勤めだからね」

「ジーニーさんもいいよね!?」

「私たちにも目的があるのだけれど……しょうがないわね~」

「やった!」


 こうして僕たちは明日から山の魔物を討伐することにしたんだ。



 夜を過ごした僕たちは、早速近隣にある山に分け入って魔物を探し始める。


「それにしてもどんな魔物なのかしらね~? 確かミノタウロスの目撃が相次いでいるって話を村人から聞いたけれども」

「ミノタウロスって~?」


 パールが頭にはてなマークを浮かべるものだから、僕が簡単に教える。


「簡単に言うと牛の頭をした巨人の魔物だよ。トロールにひけを取らない筋力と凶暴さを持った、危険な相手だ」

「牛か~」


「……どうして私を見るのかしら?」

「だってジーニーさんも牛獣人でしょ? 関係あるのかな~って思って」

「あるわけないでしょ!? 他人の空似よ!」

「ごめんなさいっ」


 ジーニーさんの一喝で縮こまるパール。


 そりゃ魔物なんかと一緒にされたら怒るよ。


 そんなことを話していたら、地面に牛の蹄がつけたような奇妙な跡を見つける。


「これって……!」

「ああパール、多分これがミノタウロスの足跡だ」

「しかもまだ新しいわね……。これを辿ってみましょ」

「「うん」」


 三人で顔を見合わせてから僕たちは足跡の続く先へ向かい始めた。


 足跡を辿るうち、不気味な声がだんだん響いてくるのを感じる。


「これは間違いなく何かいるね」

「ミノタウロスでも何でもわたしがやっつけてやるんだから!」

『気合い十分ですねマスター。頼もしい限りです』


 そんな会話をしていた時だった、突然子供の悲鳴みたいなのが僕の耳に届いた。


「この声はっ」


「あ、待ってよエリオス~!」


 パールの肩から飛び立った僕が向かった先にいたのは、牛面の巨人の前で腰を抜かす小さな子供だった。

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