第5話 魔物の襲撃

 あの後今の騒ぎを聞き付けたらしい村の男がパールを迎えにきてくれた。


 なんでもとてつもない火柱が巻き上がっていたのが、森の外からでも見えたのだと。


 当のパールはさっきので力を使い果たし、竜血剣ジークフリートを抱いて眠りについていた。


 あれだけの力を解放したんだ、十歳そこそこの女の子の体力がもつわけがない。


 男の人に抱えられて運ばれるパールの後を、僕はこっそりとついていく。


 ジークフリートが認めたとか関係ない、あの剣をパールが所有するなんて僕はまだ認めていないんだ。


 二日経った頃ようやくパールが部屋で目覚めたのを、僕は窓越しに確認する。


 彼女と話をしないと、その一心で窓を引っかくとパールはすぐに僕を部屋に入れてくれた。


「あ、エリオス~! こんなところにまで来てたんだ!」

「来てたんだ~、じゃないよ! パール、キミは何をしたか分かっているのかい!?」

「ふえっ? んーっと~」


 腕を組んでうんうん唸りながら考え込むパールに、部屋の片隅に立て掛けられていたジークフリートが助言する。


『先日ワタシを使ったじゃないですか』

「お~、そういえばそうだったね!」


 手をポンと叩いて思い出した感じなパールのお気楽さで、僕は頭に来た。


「あのねパール、その剣を使えるのは勇者だけなんだ。キミみたいな女の子の手に負えるモノなんかじゃない!」

「え~っ、でもジークフリートがわたしを認めてくれたんだよ~?」

『その通りですエリオス様、彼女は紛れもなく次世代の勇者でございます』

「そういう問題じゃない!!」


 僕がピシャリと言い放つと、パールとジークフリートはビクッと震えて黙る。


「いいかい、そもそも勇者というのはその強さゆえに重大な責任と過酷な宿命を背負うものなんだ。それがキミにできると思う?」

「それは~……」

「生半可な覚悟じゃ勇者なんてつとまらないんだ。たとえジークフリートが認めたとしても僕はキミが勇者になるのを認めようとは思わない!」

「ぷう……っ」


 僕の説教でむくれるパール。


 続いて僕はジークフリートに言ってやった。


「ジークフリートもだよ。そんな安易に勇者の宿命を託さないこと! 彼女に力を使わせるのも禁止だからね!!」

『エリオス様……』

「しばらくキミたちを監視させてもらうからね。それじゃあっ!」


 そう伝えた僕はつっけんどんに窓から飛び出す。


 全く、あの二人は勇者がどんなに辛いものかなんにも分かってない!


 パールはともかく、僕と旅を共にしてきたジークフリートなら分かってるはずだと思うんだけど。


 プンスコしながら僕はとりあえず畑の近くにある小屋に腰を落ち着ける。


 だいたい僕が命を賭けて平和を取り戻したんだ、勇者の力なんてもう必要ないはず。


 そんなことを思いながら僕は青い空を見上げた。



 穏やかな日々が過ぎていき、僕も村での暮らしに馴染んでいた。


 ここにも畑にネズミがたくさんいるから、食糧には困らない。


 そんな感じで時々ネズミを捕ってはパールの監視を続けている。


 もちろん魔法の練習も欠かさない、今度はゴブリン程度の魔物に負けないようにしなくちゃだからね。


 練習のかいあって僕は少し上級の風魔法を使えるようになった。


 風の刃で敵を切り裂く【ウインディスラッシュ】、竜巻を引き起こす【ウインディトルネード】、この辺りかな。


 それに加えて尖らせた羽根を飛ばす【フェザーニードル】という技も編み出したよ。


 そんな感じで数日かけてできることが増えた矢先だった、僕は森の方から魔物の気配が接近するのを感じた。


 この気配はゴブリン! 早く村人たちに知らせないと!


 思い立った僕は、行く先々で見かけた村人たちにゴブリンの接近を伝えて回る。


 その結果村の若い男たちが農具で武装して防衛に回り、女子供は安全な家の中で待機とのことになった。


 フクロウだけど言葉を話せてよかったよ。


 程なくしてゴブリンたちが大挙して村にやってきた。


「クキャキャキャ!」

「コカカカカッ!!」

「クキャキャ!」


 耳障りな声を上げて村に襲撃をかけるゴブリンたちに、村の男たちが立ち向かう。


 手に持ってるのは農具とはいえ、ゴブリン相手には十分効果的のようだ。


 どうやら僕が見ている必要もなさそうだ、それなら。


 パールのことが思い当たった僕は、彼女の家に飛んでいく。


 するとパールが母親と口論になっているのが、窓から見えた。


 耳を澄ますとこんな会話が聞こえてくる。


「お母さん! わたしも行く!」

「駄目、絶対駄目よ! あんたを行かせるわけにいかないの!」

「どうして!? わたしも戦えるよ!」


 どうやらパールが戦いに行こうとするのを、母親が止めているみたい。


 これでパールが大人しくしてくれるといいんだけど。


 そう思っていた矢先だった、パールが強引に家の外へ出てきた。


 もちろんジークフリートを携えて。

 そんな彼女の前に僕は飛んでいく。


「パール! どうするつもりだい!?」

「決まってるでしょ! わたしも戦う!」


 どうやらパールは意地でも戦いに加わりたいらしい。


「どうしてそこまで戦いたいの!?」


「だってわたしには勇者の力があるんだよ、村のために戦えるんだよわたし! 村のみんなが戦ってるのに大人しくしているなんてできないよ!!」

「パール……」


 そのひたむきなパールの目に、僕は覚えがあった。


 他でもない、ジークフリートに認められたばかりで駆け出しだった僕も同じだったんだ。


 だからといってパールを辛い戦いに放り込むわけには……!


 僕が葛藤していたのもつかの間、今度は地鳴りのような足音と共にここまで村人たちが吹っ飛ばされてきた。


「はわわわっ、大丈夫!?」

「パールの嬢ちゃん、……村の者たちと一緒に逃げるんだ……!」


 そう告げるなり男はガクリと崩れ落ちる。


 それと同時に空気を轟かせるような雄叫びが聞こえてきた。


「ゴオオオオオオオオウウウウ!!」

「あの雄叫びは、トロールか!」


 トロール、知能こそ低いがその力はゴブリンの比じゃないくらい強い。


 そのトロールはというと、邪魔な村人たちを蹴散らしながら、彼らが倒したゴブリンをボリボリと貪っていた。


 目当てはゴブリンか、だけどこの村の弱い者たちが危ないことにかわりない……!


「――行かなくちゃ」


 ふらりと歩きだすパールを、僕は呼び止めようとする。


「駄目だパール! ……パール!!」


 だけどパールは僕の呼び止めも聞かずに、ジークフリートを引きずりながらトロールの元へと向かう。


 彼女を止めることはできないのか……!?

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