第6話 勇者覚醒

 暴れるトロールに向かって走るパールを、僕は飛んで追いかけながら説得を図る。


「考え直してくれパール! いくら勇者の力があってもキミじゃトロールに勝てない!!」


 そう言うとパールは足を止めてこっちに向き直った。


「ねえエリオス、どうしてそんなにわたしを戦わせたくないの? わたしが女の子だから? 勇者としてふさわしくないから?」


 そう問いかけるパールの赤い瞳は疑問に揺れていて。


 彼女が知ろうとしているなら、僕もそれに応えないとな。


「それもある。だけど一番はキミが僕の想い人にそっくりだからなんだ」

「想い人……?」


 パールの華奢な肩に止まって僕はしんみりと話をする。


「パールキア、キミと同じ髪と瞳の色をしていた。正直キミはパールキアの生き写しとしか思えないんだ」

「それって……」

「ああ。パールキアは僕と共に戦ったばっかりに、最後には命を落とした。キミにはそうなってほしくないんだよ!」


 僕の力説にも関わらず、パールは冷めたような目をする。


「……わたしはパールだよ、パールキアじゃない。それなのに遠い昔の別人と重ねられるなんて、ワケわかんないよ」

「パール……」


 そうだ、目の前の女の子はパールだ。


 そっくりだけど僕の想い人だったパールキアじゃない。


 そんな当たり前のことに気づいた僕に、パールが今度は熱く語りかける。


「それにね、わたし嬉しかったんだ。何の取り柄もないと思っていた自分が、勇者の剣に認められたんだって。これなら天国のお父さんも喜んでくれるって」

「パール……」

「だからお願いエリオス、わたしに行かせて!

勇者の力でこの村を守りたいの!」


 そう力強く説くパールに、僕はついに折れた。


「……分かった! だけど無理はしちゃ駄目だからね!?」

「うん!」

『それでこそ元勇者でございます、エリオス様』

「全く、キミもロクなことしないよ。ジークフリート」


 パールを勇者に選んだジークフリートにため息をついてると、その剣がこう告げる。


『それでは参りますよマスター。ワタシの言う通りにしていただければトロールも敵ではございません』

「うん、分かった!」


 ジークフリートの言葉を聞き入れるなり、パールが引きずっていたそれを軽々と掲げた。


「おおっ、重くないよ!」

『それはワタシがアナタを選んだからでございます』

「パールの危険がないように、精々頼むよジークフリート!」

『存じております、元マスター』


 意志を確認しあったところで、僕たちは村で暴れるトロールの元へ向かう。


「お、大きい……! 大きすぎるよ~!?」


 パールが怖じ気づくのも無理はない、目の前のトロールは大人の背丈の倍くらいはある巨体なのだから。


「ズズズズル……!」


 喉を鳴らして品定めするトロールに対し、パールはジークフリートを握る手が震えてる。


「絶対無理しちゃ駄目だからね」

「大丈夫だよエリオス。怖くない怖くない……」

「ゴオオオオオオオウウウウ!!」


 トロールが巨大なこん棒を振りかざすなり、ジークフリートがパールに指示を出す。


『後ろに跳んでください!』

「うん!」


 パールが後ろに跳び退いた直後、トロールの振り下ろしたこん棒が地面を叩きつけた。


 その瞬間巻き上がる土煙。


 僕もその場を少し離れて、近くの木からパールを見守ることにする。


「ゴオオオオオオオウウウウ!!」

『次はアナタの番ですマスター。ワタシに力を込めるイメージで!』

「うん! はあああああ……!」


 ジークフリートの指示でパールが力を込めると、赤い刀身を起点に彼女の身体が深紅のオーラにまとわれた。


「まずは肉体強化か。ジークフリートも考えたね」

『さあ、アナタの思うようにワタシを振るうのですマスター!』

「うん! うおおおおおおお!!」


 剣を手に突進するパールに、トロールが今度は横凪ぎにこん棒を振るおうとする。


『跳んでください!』

「うん!」


 パールが少しジャンプすると、トロールのこん棒が空を切った。


「きゃあああっ!!」


 その余波でパールの華奢な身体が吹き飛ばされかけるも、地面にジークフリートを突き立ててこらえる。


「パール!」

「平気だよエリオス! 任せて!」


 そう告げたパールが再び力を込めると、今度はトロールの懐に潜り込んでその土手っ腹を斬りつけた。


「はあああっ!」


 パールの一閃がトロールの分厚い腹を切り裂き、そこから血しぶきが飛び散る。


「ゴオオオン!?」

「うおおおおおおお!!」


 勢いに乗ったパールがトロールの手足を切断していき、その脳天に跳び上がってジークフリートを振り上げた。


「やあああああっ!」


 深紅の剣が振り下ろされ、トロールの巨体は一刀両断にされる。


「や、やったあ……!」


 勝利を確信したパールは、次の瞬間膝から崩れ落ちた。


「パール!」


 慌てて僕が飛び向かうと、パールは薄い笑顔を向ける。


「やったよエリオス……これでわたしも勇者、だよね……?」


 勇者、か……。


「――0点だ」

「へ?」

「今のキミはジークフリートに使われてるだけだ、そんなんじゃ勇者として未熟にも程があるよ。それに知能の低いトロールだったから良かったけど、あんな力任せな戦い方じゃもっと頭のいい敵に足元をすくわれる。よって0点を付けさせていただいたってわけ」

「そんな~!」


 僕の辛口評価にパールは大の字になってひっくり返る。


 そんな彼女に僕はヒョコヒョコと歩み寄った。


「だけどジークフリートがキミを認めたのも事実、だからこれからは僕がキミを指導する」

「それって……!」

「ああ、キミは今から次世代の勇者だよ」

「ホントに!? やったー!!」


 跳び上がって喜ぶパールに、僕はやれやれといった感じで肩をすくめる。


 パールに僕と同じ末路をたどらせるわけにはいかない、僕も頑張らないと。


 だけど何だろう、この胸の高揚感は。


 それがパールとの絆の始まりだと気づいたのは、もう少し経ってからのことだったんだ。

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