第22話 次なる旅立ちの予告

 ゴブリン軍団襲撃の翌日、パールはいつものように騎士団長に指南を受けていたのだけれど。


「はっ! てやあっ!」

「…………」


 パールが闇雲に木刀を振るっているのを分かっているのだろう、眺めている騎士団長も渋い顔だった。


「パール、もういい。今日は休め」

「ふえっ、なんでですか!? わたしはまだやれます!」

「今のお前は闇雲に剣を振るっているだけだ、それでは鍛練になどならない」

「でも……!」


 木刀をギュッと握りしめて不服なパールに、僕はその華奢な肩に止まってささやく。


「パール、騎士団長の言っていることは正しい。たとえ身体が動いても心が伴っていなければ意味がないんだ」

「むぅ……」


 うつむいて頬を膨らませるパールは、騎士団長の提案を呑んで寄宿舎の部屋に戻った。


「ぷぅ……、なんでわたし……」


 ベッドに突っ伏すパールに、僕はモフモフの身体で寄り添って諭す。


「パール、もしかして昨日のことを気にしているのかい?」

「エリオス……うん、そうかもしれない」

「やっぱりね」


 昨日パールは魔族ベイツの命乞いに惑わされた。

 彼女は多分このことを気にしているのだろう。


 枕を抱きながらパールは、僕に問いかけてきた。


「ねえエリオス、魔族って何なのかなあ?」

「それはどう意味?」

「だって昨日の奴、言葉を話せたもん。あの時もしかしたら話し合いでなんとかなったかもしれない。そう思うとモヤモヤするんだよ……」

「――何だ、そんなことか」


 思ったより簡単そうなパールの迷いに、僕は思わず笑ってしまう。


「そんなこと、じゃないもん! わたし真剣なんだよ!?」

「だからそんなこと真剣に考える必要はないさ。いいかいパール、魔族の言葉は全部まやかしだ」

「それってどういうこと?」


 きょとんと首をかしげるパールに、僕は講義を始めた。


「そもそも魔族ってのは言葉を話す人型の魔物って定義されている。つまり奴らは本質的にはゴブリンみたいな魔物と何ら変わらないんだ。だから魔族は僕たちと決して相容れない存在だし、奴らの言葉だって人間を惑わすための道具でしかない」

「そうなんだ……」


 どうやらパールは魔族のことをこれっぽっちも知らなかったみたい。


「だからパール、キミが気にすべきは別にある。魔族の言葉に一瞬でも耳を貸したことだ」

「そっか……そうだよね。ありがとう、エリオス。なんか気持ちが楽になったよ」

「分かればよろしい」


 これでパールも明日からはいつもの調子に戻るだろう。

 安心した僕は、その場で目を閉じて軽い眠りについたんだ。



 それから数日というもの、パールの調子も戻って鍛練はうまくいっているように見える。


「てやっ! はあっ!」


 この日も日課の素振りをしていると、騎士団長がお客さんを連れてきたんだけど。


「パール、教会の者がお前に用があると来たのだが」


 やってきたのは学舎の先生をやっている、あのジーニーさんだった。


「こんにちは、パールちゃん」

「あれ、ジーニーさんどうしてここに?」

「ここではなんだから、落ち着いて話ができる場所に行きましょ」

「うん。――おいで、エリオス」


 パールが伸ばした腕に僕も止まったところで、ジーニーさんと面会室でお話を聞くことに。


「急で悪いのだけどねパールちゃん、私これから王都に行く用事ができたの」

「え、ジーニーさんが王都に!?」


 ジーニーさんの発言にパールが目を丸くした。


 王都エリス、この国で一番栄えている都だよね。


 僕も勇者だった昔にいろいろな思い出がある場所だ。


「あれ、エリオスどうしたの? なんかうんうんしちゃって」

「いや、昔のことを思い出しててね。……パールキアのことじゃないからね?」


 今回は念を押したので、パールから追求されることはなかった。


「それでジーニーさんがどうして王都に行くことになったの~?」

「それなんだけどねパールちゃん、王都近辺で魔物が活発になってきているって、王都向こうから連絡が来たのよ」

「それでジーニーさんが呼ばれたということだね」

「そうなのよエリオスさん。全く、こっちも子供たちのことがあるのに困ったものだわ」


 ぷんすこと膨れっ面なジーニーさんは、続いて真剣な顔で次の話題を切り出す。


「王都へ行くに当たってパールちゃんたちに護衛を頼みたいのだけど、いいかしら? もちろん報酬は弾むわ」

「わたしに護衛を~?」

「ええ、だってパールちゃんって強いし、顔馴染みだから気が楽だもの。……どうする? パールちゃん」


 ジーニーさんの問いかけに、パールが僕に持ちかけた。


「エリオス、どう思う?」

「僕は別に悪くないと思うけど、パールは?」

「わたしもおんなじだよ!」

「それじゃあ決まりね。騎士団長にはあとで話を付けておくから、明日には出発できるよう準備してね」

「はーい!」


 席を外したジーニーさんをパールが元気よく見送ったところで、僕は次なる冒険に思いを馳せる。


 王都かー、二百年経ってもあの賑わいは昔のままでいるかな~?

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