第21話 山羊頭の術者

 信じがたい報告に騎士団長は目を見開いて驚愕する。


「現場の騎士たちがゴブリンたちに対処しようとしていますが、あまりに数が多すぎます!」

「うむ……」


 騎士団長が頭を悩ませるのと同時に、パールが突発的に駆け出した。


「待て、パール!」


 騎士団長の制止も無視してパールは結界付近に向かう。

 もちろん僕も飛んで後に続いた。


「うわあ……!」


 結界付近で目の当たりにしたのは、自身が消滅するのも構わず結界に突撃する、おびただしい数のゴブリンだった。


「こんなことってあるのか……!?」


 ゴブリンは知能の高くない魔物、とはいえ自ら身を投げ捨てることなどしないはず……!


『エリオス様、これは間違いなく何者かに操られていますね』

「キミもそう思うかい、ジークフリート」


 パールの肩に止まってジークフリートと念話する僕。


「そんな! それじゃあわたしはどうすればいいの?」

「パール、キミはとりあえず騎士の皆さんと協力してゴブリンを倒すんだ! いくら結界があってもこの数ではもたないかも知れない!」

「分かった! ……でもエリオスは!?」


 パールの問いかけに僕は飛び立ちながら答えた。


「僕は操ってる術者を探す!」

「待って、エリオス~!!」


 手を伸ばして呼び止めようとするパールをしり目に、僕は空を飛んで術者を探し始める。


「ううむ、どこにいるんだろう……?」


 全感覚を研ぎ澄ませながら飛んでいると、町の外壁近くで怪しい魔力の反応を感じ取った。


「あそこか!」


 町の外壁に飛び向かうと、そこにいたのは竪琴をかき鳴らす山羊頭の人物。


「あれはカプリコンか!」

 カプリコン、山羊の頭と人の身体を備えた魔族――言葉を話す人型の魔物の総称だ。


 あいつがゴブリンを操っているんだな!


 パールに報告へ向かおうとした次の瞬間、何か固いものが僕の翼を抉った。


「ううっ!」


 翼を迸る激痛で、僕はフラフラと墜落してしまう。


「オヤオヤ、何カト思ッタラ鳥ダッタカ」


 そこへ歩み寄って覗き込む山羊頭のカプリコン。

 奴が石でも投げたのか……!


「お前はやはり魔族か……!」


 僕がそう問いかけると、カプリコンは横長の瞳を丸くする。


「オ? オ前喋レルノカ。モシヤ僕ト同族……」

「そんなわけあるか!!」

「……ダヨナ。鳥ガ魔族デアルハズガナイ」


 ケラケラと笑うカプリコンに、僕は嫌気がさしてきた。


 やはり魔族は好かないなあ……!


 負傷した片方の翼を引きずりながら、僕は魔法を使う。


「ウインディカッター!」


 僕の放った風の刃はしかし、カプリコンに片手で払いのけられてしまった。


「魔法ヲ使ウカ。ナラバ食ッテ僕ベイツノ糧ニシテヤルヨ」


 ベイツと名乗りながら歩み寄ろうとするカプリコンに、僕は距離をとりつつ魔法を使い続ける。


「ウインディトルネード!」


 だけど僕の魔法では奴に効果がないようで、ついにはベイツに鷲掴みにされてしまった。


「僕ノ血肉ニナルコト、光栄ニ思ウンダナ」

「お前なんかに食われてたまるか! フェザーニードル!」


 僕の放った羽根は、今度は奴の目に突き刺さる。


「グッ、ガアアアア!!」

「どうだ! ――あぶっ!?」


 僕が一矢報いたのもつかの間、ベイツに地面へ叩きつけられてしまった。


「調子ニ乗リヤガッテ!!」

「ううっ!!」


 怒り狂ったベイツに踏みつけられて、僕は苦悶の声をあげる。


 くそっ、フクロウの僕じゃここまでか……!


 諦めかけたその時、突然強大な魔力の気配が近づくのを僕は察知する。


「ナンダ?」


 この気配は!


「うおおおおおおおお!!」


 怒号をあげて駆けつけてきたのは、やはりジークフリートを携えたパールだった。


「ブレイブスラッシュ!!」


 パールの振るった剣で、ベイツの片足が切り飛ばされる。


「イ、イギャアアアアアア!!」


 片足を切断されて悶絶するベイツを見ることなく、パールは僕に駆け寄った。


「エリオス、大丈夫!?」

「あ、うん……翼を片方やられたけど平気だよ」

「そっか。――じゃあ許すわけにいかないね」


 パールの憎悪が向いて、ベイツは顔を青ざめさせる。


「イギッ!? ア、アアアア……」

「エリオスを痛めつけて、許さないんだから!」


 パールが剣を振り下ろそうとした途端、ベイツがとった行動。


「ゴメンナサイ! ドウカ、ドウカ命ダケハ……!」


 それは地面に顔を擦り付けての土下座だった。


「へっ? ふええっ!?」


 これが予想外だったのか、パールは戸惑って剣を下ろしてしまう。


「パール! そいつの言葉に耳を貸すな!!」

「で、でも……」


 僕の叱咤になおも戸惑うパール。


 するとベイツの顔が一瞬歪んだのを、僕は見逃さなかった。


「カカッタ、阿保ガア!!」


 ベイツが竪琴を爪弾くなり、闇の礫がパールに放たれる。


「……ヘ?」


 だけどそれがパールを貫くことはなかった。


 パールの急所を小さな光のバリアが防いでくれたのだ。


「ナゼ、ナゼ僕ノ奇策ガ……?」


「――そこまでよ!」


 そこへやってきたのは、聖杖を光らせたジーニーさんである。


「ジーニーさん!? どうして!」

「うふふ、パールちゃんを独りで行かせるのは危なっかしいもの」


 そう笑うジーニーさんだけど、目は全然笑っていない。


「やっぱり魔族の仕業だったのね。これは見過ごせないわ」


 ジーニーさんが呪文を唱え始めると、ベイツが露骨にうろたえ始めた。


「ヤ、ヤメテクレ!!」

「裁きの光を、ジャッジメント」


 そう唱えた瞬間、ベイツの足元に展開された魔法陣から膨大な光が湧きだす。


「オアアアアアアアア!!」


 耳障りな断末魔と共に、魔族のベイツは消滅してしまった。


「す、すごい……」


 一瞬の出来事にポカーンと呆けるパールを、ジーニーさんが抱きしめる。


「もぶっ!?」

「パールちゃん! 大丈夫? 怪我はない!?」

「わたしは平気、でもエリオスが……!」


 パールの目配せでジーニーさんが僕に歩み寄り。


「大変、翼を怪我してるわ! 今治してあげるからね。――ヒール」


 ジーニーさんの手から放たれた優しい光が、翼の傷を癒していく。


「おお、痛くない! ありがとう、ジーニーさん!」

「困ったときはお互い様よ、エリオスさん」


 その後町に押し掛けてきたゴブリンたちも騎士の皆さんが殲滅してくださり、ルースシティーに平和が戻った。

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