第3話 ゴブリンとの遭遇

 あれから僕は愛剣ジークフリートのほど近くで森の中を過ごしていた。


 幸いこの森はフクロウの食糧になる小動物もたくさんいるし、水場もすぐ近くにある。


 端的に言えばとても過ごしやすい場所だ。


 フクロウとしての暮らしに慣れてきたところで、僕は今の自分の力を試すことに。


「ウインディ!」


 木の上から僕が唱えながら翼を仰ぐと、木立を揺らすだけの風が吹きそよぐ。


 他にもいろいろと試してみたけど、使える魔法はこの初歩的な風魔法だけだった。


「やっぱりこんなもんか」


 全属性の魔法に加えて剣術にも長けたかつての輝かしい力はもうどこにもない。

 それを思うと虚しくなってしまう。


「こんなんじゃジークフリートを使いこなせるわけないよね……」


 落胆の重いため息をついていると、頭の中にジークフリートの声が届いた。


『落ち込むことはございませんエリオス様、かつてのアナタが規格外過ぎたのです』

「分かってるよジークフリート。うん、分かってる」


 枝に止まってうなだれる僕は、ふと誰かの軽快な歌声を耳で捉える。


「らんらんらん、春爛漫~♪」


 ちょっと調子外れだけど、この声つい最近聞いたばかりだぞ。


 気がつくと僕は歌声のする方へ飛んでいた。


 ――そこにいたのは思った通り、最愛だったパールキアの生き写しな女の子パールだった。


「こっちの花は薬草で~、こっちは毒がある~♪」


 歌いながら薬草を採取するパールに、僕は目が釘付けになる。


 お使いに来たのかな、でもまた会えて嬉しいと思う自分がいるよ。


「あ、フクロウのエリオスだ~! また会えたねっ」

「ほうっ!?」

 あ、パールと目が合った。

 ルビーのような深紅の瞳、やっぱりパールキアと同じで美しい。


「どうしたの? やっぱりわたしの顔に何かついてる?」

「ううん、なんでもないよ」


 イタズラにはにかむパールに、僕は思わずドキドキして首を四方八方に回してしまう。


「もしかして、わたしに会いに来てくれたの~?」

「あ、……うん。まあそんなところかな」

「えへへっ、そうなんだ。うれしいな~」


 そうだよこれだよ、僕が愛していた人の笑顔は。


「エリオス~、あなたとお話ししたいからこっち来て~!」

「あ、うん」


 そう誘うパールの腕に、僕は飛んでいってちょこんと止まる。


「僕にお話って、何かな?」

「気になってたんだけどね、エリオスはどうしてエリオスって名前なの~?」

「それってどういう……」

「だってあの勇者様とおんなじ名前なんだもん! そりゃあ気になるよ~!」


 興奮気味にそう言うパールに、僕は隠し事なんてできそうになかった。


「信じてもらえないかもしれないけど、僕は勇者エリオスなんだ」

「ん?」

「僕が魔王を倒して世界に平和をもたらしたっていう、勇者エリオスの生まれ変わりって言えばいいのかな。今はただのフクロウだけど……」


 ああ、勇者の名を語るのがこんなただのフクロウだなんて情けない。


 そう思っていたら、パールの赤い瞳が一番星のように輝いた。


「すっご~い! フクロウさんが世界を救った勇者様だったんだ!!」

「え、信じてくれるの?」

「だって普通のフクロウだったらこうしてお話しできないもん! それに勇者様はうそなんてつかない、そう思ったんだ」

「そ、そうか」


 ただのフクロウでしかない僕を疑うこともなくパールは信じてくれた、その事実だけで僕の心は高鳴ってしまう。


「ねえねえ勇者様」

「――エリオスでいいよ。昔はともかく今の僕はただのフクロウだからね」

「うん、分かったエリオス。じゃあエリオスの昔話、わたし聞きたいなあ」

「昔話って……?」

「決まってるでしょ、勇者の冒険物語だよ!」


 無邪気なパールの言葉で、僕の心に影が差し込んだ。


 多分彼女は勇者の輝かしい英雄鐔を期待してるんだろう。


 ……だけど実際はそんな話ばかりじゃない、正直辛いこと悲しいことの方が十倍くらいあったんだ。


 そんなことを話してもいいのだろうか……?


 僕の口は重かった。


「ん、どうしたのエリオス?」


 きょとんと僕の顔を見つめるパール。


 その純粋無垢な顔を、僕なんかの血塗られた物語で染めたくない。


 思い悩んでいたその時だった、僕はガサゴソとした物音と共に邪悪な気配を感じた。


「気をつけてパール、何かいるっ」

「えっ?」


 息を潜めて警戒していると、藪をかき分けて姿を現したのは薄汚いゴブリン三匹だった。


「何、あれ……?」

「ゴブリン、魔物だ!」

「え、まもの!?」


 この娘が知らないのも無理はない、だってゴブリンをはじめとした魔物は僕がこの世から消し去ったはずなのだから。


 だけど現実には緑色の肌をした小柄な魔物たちが、喉をならしながら僕とパールを品定めしている。


「逃げよう!」

「え、エリオス!?」

「こっちだ! 早く!!」

「う、うん!」


 僕が森の合間を飛ぶのを、パールが見上げながら懸命に走ってついてくる。


「クキャキャキャ!」

「クキャーーッ!」

「クキャキャキャ!」


 そんな僕とパールに、三匹のゴブリンが追いかけてきた。


「ねえエリオス! どこへ行くの~!?」


 見上げながらついてくるパールを、僕は何も言わずに導く。


 しばらく逃走していた時、パールが森のでこぼことした地面につまずいてしまった。


「きゃあっ!」

「パール!」


 転んだパールに三匹のゴブリンがにやけながら歩み寄る。


「パールに触れるなあ!」


 僕はがむしゃらにゴブリンの尖った鼻を、鋭い爪の生えた足で掴みかかった。


「クギャギャ!」

「ぐっ!?」


 すぐさまゴブリンになぎ払われて、僕は地面に叩きつけられてしまう。


「エリオス~!」


 悲痛な叫びをあげるパールの前で、僕は立ち上がって奮い立った。


「ここは僕が惹き付ける! だから君はその間に逃げるんだ!!」

「え、でも……!」


 パールが躊躇う間にも、ゴブリン三匹が迫ってくる。


「クキャキャキャ……!」


「さあ、早く!」

「うん、分かった!」


 起き上がったパールが逃げるのを見届けたところで、僕は再び立ち上がった。


「来い、ゴブリンめ! 勇者の僕がこらしめてやる!!」


「クキャキャキャ!」

「クキャキャキャ!」

「クキャキャキャ!」


 パールを逃がすべく、無謀にもフクロウでしかない僕がゴブリン三匹に立ち向かう――!

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