第2話 再会
頭が混乱気味な僕に、パールはこんなことを訊いてくる。
「それより身体はどう? さっき
「ううん、僕は平気だよ。ちょっとだけ頭は痛むけど……」
なるほど、僕としての意識を取り戻す前にこの身体で強く頭を打ったんだ。
それで倒れてたところをこの娘が助けてくれた、と。
「よかったぁ、怪我がないみたいで何よりだよ~。あ、でも頭が痛いんだよね」
そう言うとパールは僕の頭を優しく撫で始めた。
「痛いの痛いのとんでけ~」
なんかこそばゆいなあ。
しかも子供騙しのおまじないって。
……でも気休めにはなっていいや。
「どう? もう痛くない?」
「うん、ありがとうパール」
「えへへ、どういたしまして」
僕の感謝で見せたパールの笑顔は屈託が一切なくて、まるで幼い頃のパールキアを思い出す。
「ん、どうしたのエリオス? わたしの顔に何かくっついてる?」
「ううん、なんでもないよ」
キミの笑顔に見とれていた、なんて照れ臭くて言えなかった。
そこへ続いて部屋に入ってきたのは、ちょっとくたびれた容姿の女の人。
「あ、ママ。この子どこも痛くないみたい」
どうやらこの人がパールの母親みたい。
「それはよかったわ、あんたが慌てて連れてきたものだから何かと思ったじゃない。その子はお外に返しておやり」
「ええっ! でもこの子は……」
「でも、じゃありません。うちじゃフクロウなんて飼えないでしょ? それにフクロウさんもお外で自由にしていたいんじゃないのかしら」
「……はーい」
母親に諭されて浮かない顔のパール。
そんな彼女に僕は外へ連れていかれた。
「ごめんねエリオス、うちじゃああなたの面倒を見てやれないみたい」
「ううん、いいんだ。今の僕はただのフクロウだからね。それじゃあ、バイバイ」
パールの手から飛び降りた僕は、そのままひょこひょこと歩いてこの場を後にする。
だけどパールのことがなぜか名残惜しくて、僕は何度も後ろを振り返りながら歩いていった。
パールの顔が見えなくなった頃にふと思い出した、フクロウだから飛べばいいってことに。
柔らかな羽を羽ばたかせると、僕の身体は簡単に舞い上がる。
初めて飛ぶはずなのに、不思議とうまく空を飛ぶことができた。
空から見るこの場所は、僕の故郷と瓜二つで。
もしかしたらここは二百年経った後の故郷なのかもしれない。
その昔、僕とパールキアが生まれ育った故郷、バーン村。
その村も通りすぎて僕は、すぐ近くの森に飛んでいった。
この森を見てもパールキアと無邪気に走り回ってたあの頃を思い出すよ。
「パールキア……、キミはもうこの世にはいないんだよね」
かつて愛していた仲間の名前を口にした僕は、続いてさっき会ったばかりの女の子の顔を思い出す。
パールって言ったっけ、あの娘からパールキアの面影を感じた。
「また会えるかな……?」
木の枝に止まって物思いに耽っていた時だった、僕の頭に直接誰かの声が届いたんだ。
『マスター。聞こえますか、マスター?』
「この声は……もしかしてジークフリートなのか!?」
気がつくと僕は声のする方に飛んでいく。
すると光差し込む森の開けた場所で、一本の剣が地面に刺さっているのを見つけた。
ドラゴンの頭部が象られた金色の柄と、血のような深紅に染まった刀身。
間違いない、かつて僕が愛用していた剣だ。
そういえば僕がこの剣と出会ったのもこの場所だったっけ。
「竜血剣ジークフリート、キミだったんだね」
『ワタシの名前をご存知ということは、アナタが勇者エリオスの生まれ変わりなのですね……』
頭に届くその声は、どこか哀愁を感じさせる。
「ジークフリート、キミはどうしてここに?」
『マスターの亡き後、ワタシは在るべき場所に戻ってきたのです。またこの力が必要とされるその時まで、ワタシはずっと眠りについていました』
ジークフリートの柄に止まった僕に、
「ちょっと待って、それって今眠りから覚めたってことだよね? 僕が来たからなの?」
『それが……』
僕の問いかけに、ジークフリートは言いづらそうに重い口を開く。
『この二百年、世界は平和そのものでした。しかしそれも永遠のことではなかったのです』
「それってまさか!」
『はい、再び魔王の手下である魔物たちが生まれ始めてきたのです』
「なんだって!?」
ジークフリートの語った衝撃の事実に、僕はすっとんきょうな声をあげてしまった。
『今はまだ下級の魔物がポツポツと現れる程度です。しかし、これが続けばより強い魔物も現れ、いずれは……』
「魔王が復活する、とでも言いたいのかい?」
『はい』
そんな、僕が命と引き替えに倒した魔王が復活しようとしているなんて。
先が真っ暗になったように感じる僕に、ジークフリートはこう告げた。
『だからこのワタシを使ってくださる新たなマスターが必要なのです。そう、再び世界を救うために戦う勇者が』
「……それ本気で言ってるの?」
ジークフリートの言葉に、僕は言葉を失う。
確かに勇者は絶大な力を備えた英雄のような存在だ。
でも。いや、だからこそ常軌を超えた苦難に立ち向かい続けなければいけない。
この僕がそうだった、勇者は決して平坦な道じゃないんだ。
「そんな辛い宿命をまた他の誰かに担わせるだって? そんなの僕が許すわけがないじゃないか!」
僕はジークフリートの柄を足で握り、それを地面から抜こうと虚空で羽ばたく。
『今のアナタでは無理です……!』
「誰かに勇者の宿命を背負わせるくらいなら、また僕が! うおおおおおお!!」
必死で羽ばたいて抜こうとしたけれど、地面に突き刺さったジークフリートはビクともしない。
『駄目です、今のアナタはワタシのマスターにはなれないのです……!』
……結局今の僕にかつての相棒を抜くことはできなかったんだ。
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