第9話 水浴びと熊汁
横たわる巨大なアカサビグマの死体を前に、パールは頭を悩ませている。
「やっつけたはいいけど、これどうしよう……?」
確かにこんな巨大な獣の死体、こっちで利用するにしてももて余すよね……。
だけど心配ご無用!
「どうしたのエリオス、そんな胸を張って」
「こんなこともあろうかと、僕はこんな魔法を取得し直したのさ! ――アイテムボックス」
僕が唱えるとアカサビグマの死体が虚空の魔法陣に取り込まれた。
「エリオス、今の何!?」
「アイテムボックス、亜空間に物を収納する無属性魔法だよ。生命のないものならなんでも収納できるし、中で腐らせることもないんだ」
「すっごーい! さすがだねエリオス」
「まあ、元勇者だからね」
『アイテムボックス自体は勇者固有のスキルではないんですけどね』
「それは今言わなくていいのっ」
全くジークフリートの奴、少しは僕の顔を立たせてくれてもいいじゃないか。
そんな風に嘴を尖らせたところで、僕たちは再び川沿いの道を進むことにする。
僕を肩に乗せてしばらく歩いてたパールが、小川を見てこんなことを。
「なんか暑くなっちゃった。エリオス、水浴びしていいよね?」
「うん、どうぞ」
了承するなりパールがいきなり服を脱ぎ始めたものだから、僕は慌てて真後ろに顔を向けた。
うう、布の擦れる音がこんなにも煽情を揺さぶるなんて。
「エリオス~、そっぽなんて向いてないでこっちも見張っててよ?」
「え? あ、うん」
今のパールは恐らく全裸で無防備な姿、こんなところを襲われたら確かにひとたまりもない。
顔を前に向け直すと、気持ち良さそうに川の水を浴びるパールの裸が目に飛び込んだ。
「おおお!?」
水に濡れて煌めく真珠色の髪に、染み一つない艶やかな素肌、それから二年の歳月で発育した胸の膨らみ。
それらが一気に視界に入ったことで、僕の頭は容量オーバーを起こした。
ああ、年頃の女の子の裸を見てしまうなんて。
駄目だと分かっていても、その素肌が目に焼き付いて離れない!
幸いパールは全く気にすることもなく、水浴びを続けたのであった。
着替え直して再び進み出したパールの肩に乗っていくことまたしばらく、いつの間にか日が沈もうとしている。
「暗くなってきたね」
何気なく僕が口を開くと同時に、パールのお腹が可愛く鳴る。
「えへへ、お腹空いちゃった~」
「せっかくだからさっき倒したアカサビグマの肉を食べよう。ナイフを渡すから僕の言う通りに捌くんだ」
「はい、師匠!」
アイテムボックスからアカサビグマの死体とナイフを出したところで、僕はパールに解体方法を伝授することにした。
――結果からいうとパールは思いの外器用で、僕がちょっと助言をするだけでも見事にアカサビグマを毛皮と肉に解体してみせたんだ。
「すごいよパール! ホントに初めてなの!?」
「エリオスの教え方が上手だからだよ~!」
「それは嬉しいな。――解体ができるなら料理もできそうだね。これも僕が教えるから、やってみて」
「うん!」
続いて僕は少しの調味料を出しつつ、アカサビグマの肉を使った簡単なスープの作り方を教える。
これもまたパールは手際よくこなしてみせた。
「やっぱり料理もできそうだね、パール」
「料理ならお母さんのを少し手伝ったことがあるんだ~」
さすが女の子だね。
焚き火にくべることしばらく、美味しそうな香りの熊汁が出来上がった。
「美味しそう~!」
器に盛りつけたところで僕たちは熊汁を食べることに。
「んんっ!? これすっごく美味しいよ!!」
星空のように目を輝かせてスープを飲むパールが、木のスプーンで僕にも分けてくれた。
「エリオスもどうぞっ」
「ありがとう。……熱っ!」
熱々のスープに嘴をつけた途端、猛烈な熱さが口の中を襲って僕は思わず羽をバタつかせてしまう。
「あ、ごめん! 冷まさなくちゃだよね。ふー、ふー」
パールが息を吹きかけて冷ましてくれたスープを改めてすすると、口の中に脂の甘味と獣肉特有のコクがいっぱいに広がった。
「おお、うまい!」
「でしょ~!」
「僕が昔作ったのよりも美味しいよこれ! さすがパール!!」
「そうなの? だったら嬉しいな~」
朗らかなパールの笑顔も相まって、僕の心はホカホカに満たされる。
熊汁を二人で平らげたところで、辺りはすっかり暗闇に包まれた。
「ふあ~あ、なんか眠くなっちゃった……」
「それじゃあ僕が夜通しで見張りをするから、パールはゆっくり休んでよ」
「わたしも見張りに入らなくていいの?」
「平気平気。僕はフクロウだよ、キミより夜目も利くし、夜もあんまり眠くならないから」
「分かった、それじゃあお休み~」
パチパチと音を立てる焚き火のそばで横になったパールを傍目に、僕は近くの木に止まって夜通しの見張りを勤めることにしたんだ。
幸運なことに何者かが襲ってくることもなく、この夜は平穏に過ぎていったのである。
朝になって小鳥がさえずりだした頃、パールがぐーっと腕を伸ばして目を覚ました。
「んーっ、と。あんまりよく眠れなかったかも……」
「外で眠るのは多分初めてだろうからね~。ふあ~あ」
木の上で僕が大あくびをすると、パールが口を開く。
「もしかして今度はエリオスが眠いの?」
「そう、だね。しばらく眠るからキミの肩に乗せてよ」
「いいよ。ほら来て」
パールが差し出した華奢な肩に止まった僕は、そのままウトウトと眠りについたんだ。
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