第10話 初めての町

「エリオス、そろそろ起きて。町だよ」

「ん、んん……っと」


 パールに頭をツンツンされて目を覚ました僕は、目の前に広がる田園地帯に目を丸くする。


「もう森を抜けたんだ。ちょっと居眠りしすぎたかな……?」


 寝ぼけ眼のまま首を回していると、パールがこんなことを。


「あの先にルースシティーがあるのかなあ」

「僕の記憶だと森を抜けてすぐがルースシティーだったと思うけど、こんなに早く着く距離だったっけ……?」

『恐らくエリオス様がお眠りになられている間に、地理的な事情も幾分かお変わりしたのかと』


 なるほど、ルースシティーは本来もう少し先だもんね。


「教えてくれてありがとう、ジークフリート」

『お言葉に預かり光栄です』


 そんなことを話しているうちに、僕たちは田園地帯の先にある町の前までたどり着いた。

 看板には【ウィードタウン】と書かれている。


「ウィードタウンか、聞いたことない町の名前だ」

『恐らくエリオス様が勇者としてお亡くなりになられた後に成立した町かと』

「そっか」


 やっぱりそうなんだね、ジークフリート。


「目的地じゃないけど、一度この町に立ち寄ろう」

「そうだね、エリオス。わたしも歩き疲れちゃったよ~」

「初めての旅、よく頑張ったね」

「えへへ、くすぐったいよ~」


 クタクタになったパールの髪を、僕は嘴で繕い労を労う。

 やっぱりきれいな髪だ。


 ウィードタウンに入るとそこは小規模な町といった感じで、道行く人たちでそこそこ賑わっている感じ。


「ここが町なんだ~!」

「パールは村の外って初めてかい?」

「うん! だからすっごく楽しみで!!」


 目を星のようにキラキラと輝かせるパールに、僕は微笑ましささえ感じてしまう。


 するとパールが僕の背中をなでながら口を開いた。


「ねえねえエリオス、これからどうしよっか」

「んーっと、まずはアカサビグマの素材を売れるところに行きたいかな。先立つお金も必要になってくるだろうからね」

「おお~、なんか冒険者っぽい!」

「それって誉められてるのかな……? とりあえず誰かに聞いてみよっか」

「うん! ――すみませ~ん!」


 早速パールが声をかけたのは、かごを携えた通りすがりのおばあさん。


「おやまあ、見ない顔ねえ。どこから来たんだい?」

「わたしパール! バーン村から来ました!」

「まあ、バーン村からかい。まだ小さいのによく無事に森を越えたねえ」


 どうやら森を越えるのは、本来それなりに危険が伴うことのようだ。


「それに可愛いフクロウを連れてるみたいだけど……」

「この子はエリオス、わたしの師匠です!」

「師匠?」


 おばあさんがキョトンとしてしまったので、僕はパールに耳打ちをする。


「パール、僕は今ただのフクロウなんだ。それが師匠ってのも普通は変でしょ」

「それもそっか。――おばあさん、師匠というかペットですこの子」

「珍しいペットを連れてるのねえ」


 ふう、なんとか誤魔化すことができたみたい。


 パールも素直すぎるからな~、今後も僕が陰ながらフォローしないと。


「それであたしに何の用だい?」

「あ、そうだ! この町に素材?を売ることができる場所ってありますか?」

「それならこの先にある冒険者ギルドに持ち込むのが手っ取り早いよ」

「ありがとうございます、おばあさん!」


 手を振るおばあさんに見送られて、パールは冒険者ギルドとやらへ向かうことに。


「エリオス~、冒険者ギルドって知ってる?」

「うーん、僕の頃はそんなものなかったと思うんだよね~」


 まあ二百年も経てばいろいろと変化もあるよね。


 少し町を進むとこの辺りで一番立派な黒い建物にたどり着いた。


「ここが冒険者ギルド……!」

「なんかすごい雰囲気だよ~!」


 パールが怖じ気づくのも無理はない、だって入り口の両サイドに大口を開けた恐ろしげな獣の銅像があるんだもん。


 なになに、冒険者ギルド【獅子のたてがみ】か。


「とりあえず入ってみようか」

「う、うん」


 パールに入るよう促すと、中は向かって右が事務的な待合場。


 向かって左が酒場なのか、まだ明るい今のうちから酒を浴びるように飲む輩がちらほらと目につく。


「うう、お酒くさ~い!」

「そう? 僕は何にも感じないけどなあ」


 鼻をつまむパールが歩いていると、半裸でいかにも柄の悪い男が絡んできた。


「よう嬢ちゃん。ここは子供の来る場所じゃねえぜ?」

「ちょっとどいてよお兄さん、通れないよ」


 睨みをきかせる男にもパールは動じることなく。


 そのままパールが通りすぎようとしたら、男が彼女の一つに結んだ髪を掴んで引っ張った。


「痛い! 離して!」

「礼儀知らずな小娘にはしつけが必要みてえだな!」


 そんな汚い手でパールの髪に触れるな!


 怒った僕は翼を羽ばたかせて、男の顔面に飛びついた。


「クエエエエッ!!」


「うげっ! なんだこの鳥はあ!?」


 男に僕が払い除けられた直後、背後からとてつもない魔力を感じる。


「エリオスになんてことするの……!」

「ひいいっ!? なんだこの小娘! やんのかあ!?」


 指をポキポキ鳴らして臨戦態勢な男となおも力を放出するパールとの間に、割り込んだのは眼鏡のお姉さんだ。


「ギルド内での喧嘩は禁止されています」


「ちっ! 運が良かったな小娘!」


 悪態をついてズカズカと去っていく男を見届けたところで、パールがお姉さんに感謝する。


「危ないところをありがとうございます!」

「いいえ、私はこのギルドの秩序を守ろうとしただけです」


 眼鏡をくいっとあげてニコニコ微笑むお姉さん。


 ギルドの秩序を守るったって、あの暴漢との間に割って入るなんて相当な胆力だ……。


「あ、わたしパールって言います! バーン村から素材を売りに来たんですけど~!」

「それならこちらに並んでくださいね。あ、私はギルドの受付を勤めておりますセレスタです。どうかお見知りおきを」


 セレスタさんに言われて僕たちは待ち合いの列に並ぶことにした。


 少し待ったところで僕たちの順番が回ってくると、セレスタさんが受け付けてくれる。


「お待たせしました。さて、何をお売りに来ていただけたのでしょうか?」

「あのっ、実はここに来るまでの間にアカサビグマをやっつけたんですけど」

「アカサビグマを! あなたが!?」


 アカサビグマを倒したとパールが言うと、セレスタさんがビックリ仰天。


「はい! こう見えてわたし、勇者ですから!」


 胸を張るパールにセレスタさんは一転してクスリと笑う。


「あら、微笑ましいですね」

「あれ、なんか思ってたのと違う反応」

『恐らくマスターが本当に勇者だとは思われていないのでしょう。分からないなら放っておくのがいいです』


 ジークフリートのフォローが本当なら、僕の活躍も風化してきているのかな……?


「とにかくっ、アカサビグマの素材を売りに来たんですけど、これでどうでしょうか?」


 パールの目配せで、僕は虚空のアイテムボックスからアカサビグマの毛皮と肉を取り出す。


「おや、その年でアイテムボックスを使えるのですね」

「わたしじゃなくてこの子が使ったんです。ね、エリオスっ」


 パールに話を振られたけど、僕は首をかしげて知らんぷり。


「少々お待ちくださいませ、――【鑑定】」


 セレスタさんが眼鏡をキラリと光らせたかと思ったら、速やかにお金を準備してくれた。


 銀貨十枚、最初にしては十分すぎる金額だ。


「こちらが素材の報酬となります」

「おお~! ありがとうございます!」

「またのお越しを~」


 お金を受け取ったところで、僕たちはギルドを後にした。

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