第8話 旅立ち

 それから数日が経ち、パールはバーン村から旅立つことに。


 外で僕が待ってる間に、パールは村人たちから見送られている。


「パールの嬢ちゃん、達者でな」

「どうか無事に帰ってくるんだよ」


「うん、もちろんだよ!」


 口々に別れの言葉を告げる村人たちに、パールはにっこりと笑って応えた。


 なんだかんだパールも村人たちに愛されてきたんだなあ。


 そんな中パールの母親が、彼女の手を握って口を開く。


「本当に行くのね……? 辛くなったらいつでも帰っておいで、あなたの家はいつでもここにあるから」

「お母さん……! ありがとう、行ってきます」


 村人たちに見送られるなか、涙を拭いたパールは手を振りながら出発した。


「パール~!」

「ああっ、エリオスだ。おーい!」


 飛んでくる僕に気づいたパールが、細い腕を差し出す。


 僕がそこに止まるとパールはにこやかにこう言った。


「これから勇者としての旅が始まるんだね! わたしワクワクするよ~!」

「とりあえずはルースシティーの騎士団長に会いに行くんだけどね」


 冷静にそうは言う僕もまた、どこか心のワクワク感を胸に抱いている。


 こんなのいつぶりかなあ、それこそ僕が勇者として旅立った最初の日以来だろうか。


「パール」

「ん、なあに?」

「そんな服装で大丈夫かな……」

「え、どういうこと?」


 首をもきゅっとかしげるパールは今、村で過ごしてた着の身着ままの服装である。


 ちょうどいい、ここで勇者としての矜持をパールに教えようか。


「いいかいパール、キミは僕の後を継ぐ勇者なんだ。そんなキミがハンパな格好してたら示しがつかないでしょ」

「言われてみれば確かに……!」

「それだけじゃない、その服装じゃ防御も心許ないでしょ。大事な上半身を守るためにはもっと守りを厚くした方がいい」

「なるほど~」

「それにそんな長いスカートじゃ動きづらそうだよ。スカートはもっと短い方がいい」


 持論を述べていたらここでジークフリートが口を挟む。


『――それはエリオス様の性的な趣味ということでしょうか』

「違う! 短い方が動きの妨げにならないからいいってこと! 断じてそんな理由なんかじゃない!!」


 パールの背中に携えられたジークフリートのその目――柄の竜の頭にある目の部分――、さては僕を信用してないな?


 僕がかつての愛剣に疑念を向ける一方で、純粋なパールはポンと手を叩いて納得してくれた。


「おお~! さすがエリオスだよ~!」

「むふふ、そうかいそうかい。もっとナデナデしてくれてもいいんだよ」

『エリオス様……』


 ジークフリートのじとーっとした視線なんか気にしない気にしない。


「それだったらエリオスにも何か着けてあげたほうがいいかな~?」

「ううん、僕は特にいらないかな」

「そう? アクセサリーとか着けたほうが可愛いと思うんだけど」

「可愛い、ねえ……」


 僕は仮にも勇者だった男なんだ、可愛いなんて言葉は無縁だろう。


 そんなことを考えつつも、パールに頭をなでられるのも悪くないなと思ったり。


 僕の案内で森の川沿いを歩くパールは、どこまでもどこまでも歩き続ける。


「パールも体力ついたよね、さすがだよ」

「エリオスの特訓のおかげだよ~!」


 ふんすと自慢げなパールも可愛らしい。


 ……別にそんな良からぬ目では見てないからね!?


 ふと僕は藪の向こうでうごめく物音を察知する。


「気をつけてパール、あそこに何かいるっ」


 フクロウの聴覚をもってすれば、物音一つで敵の居場所を察知するのも容易い。


「う、うん! ジークフリート!」

『参ります』


 パールも背中の剣ジークフリートを抜いて身構える。


 すると藪から飛び出してきたのは、赤さび色の毛並みをした巨大な熊だった。


「あれはアカサビグマ!」


 アカサビグマ。

 立ち上がると大人の倍くらいはあろうかという巨体に秘められた力はあのトロールに匹敵する。

 それだけじゃない、巨体に似合わぬ敏捷さも併せ持っている。


 魔物でこそないが、危険な相手だ。


「グルルルルル……!」


 パールを品定めするように、アカサビグマは喉を鳴らしている。


 対峙しているこの距離で逃げるのは難しい、ならば。


「戦うしかない、よね!」

「そうだねパール、いい判断だ」

「グルルオオオオオ!!」


 雄叫びをあげる巨大なアカサビグマの突進を、パールは垂直跳びでかわす。


「てやああああっ!」


 続いてパールは落下と共に魔力を込めた剣を目一杯振り下ろした。


「ガアアアッ!?」


 剣の切っ先がアカサビグマの肩辺りに突き刺さり、奴は苦悶の声をあげる。


「やったあ!」


「グルルオオオオオ!!」


 パールがガッツポーズをしたのもつかの間、アカサビグマが巨体を揺すって彼女を振り払った。


「きゃああっ!?」


 地面を転げるパールに、僕は宙を舞って叱咤激励を飛ばす。


「油断するなパール! 奴はあのトロールに引けを取らない強敵だ!!」

「へへっ、大丈夫だよエリオス。トロールなら二年前に倒したもん!」

「グルルルルル!」


 そんなことを話してる間にもアカサビグマが猛スピードで突進して、豪腕を振りかざそうとした。


「危ない! ――フェザーニードル!」


 すかさず僕が尖らせた羽根を飛ばして、アカサビグマの片目を潰す。


「ガアアアッ!!」


「今だよパール!」

「うん! はあああああっ!」


 片目を潰されて悶え苦しむアカサビグマに、パールは一気に距離を詰め、


「ブレイブスラスト!!」


 深紅のオーラをまとった剣でアカサビグマの胸を貫いた。


「ガアアア……ッ」


 恐らく心臓を貫いたのだろう、アカサビグマの巨体は力なく崩れ落ちる。


「やったー! わたしの勝ちだよ!!」


 ピョンピョン跳ねて勝利の喜びを露わにするパール。


「46点かな。太刀筋は良くなってるけど、まだ油断が見てとれるからね」

「ぷ~、エリオスってば辛口だよぉ~」

「元勇者だからね」


 頬をプクーッと膨らませるパールと見つめあって、お互い吹き出すように笑ってしまう。


 これからいいコンビになるに違いない、僕はそう確信したんだ。

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