第十八話、殺す夢の話

 最初は犬を殺す夢だったんだ。


 高級そうな住宅街で、幸せな家族が住んでそうな家、薔薇が生えた綺麗な庭だった。

 夢の中で自分は地元の友だち何人かと一緒に庭に入り込むんだ。そこに金持ちが飼いそうな白い大きな犬がいた。


 園芸用のフォークが地面に刺さってて、友だちのひとりがそれを引っこ抜いて、犬に向かっていって……嫌な音がした。友だちが一斉に笑って、自分も笑った。みんなでフォークを握って、犬が動かなくなってから、血塗れで庭を出た。


 起きたときは最悪な気分だったよ。仕事のストレスか、それにしても自分にこんな最悪な願望があったのかって。



 それからもたまに夢を見た。

 見るたびに最初の住宅街から段々坂を登ってその上の山に近づいていく。そこでまた動物を殺すんだ。


 気が滅入ってきた頃、夢に出る地元の友だちのひとりから「相談がある」って呼び出されたんだよ。

 居酒屋で会ったアイツはやつれて怯えてた。


 アイツも夢を見てたらしい。自分が同じ夢を見たって言うと、アイツはびっくりしてから、慌てて泥だらけの紙袋を取り出した。

 夢を見た翌朝、これがポストに入ってたんだって。


 中身は血と汗と泥で汚れたシャツの切れ端と、錆びた金属片。それから一枚のボロボロの和紙みたいな紙だった。

 そこには筆文字で「おまえのせいか」って書かれてた。


 アイツは夢遊病で寝ている間に本当に殺してるんじゃないかと真っ青になってた。

 自首しようかと呟くアイツを宥めて別れて、帰ったその日の夜、夢を見た。



 昨日飲んだ奴もあわせて、地元の友だちが集まってた。足元に鍬だか鋤だかわからない道具がたくさんあった。

 昼だか夜だかわからない森の中だった。

 何故だかわからないけど、とうとう山の上まで来たんだって思った。

 それで、木の影に着物の子どもがいて、男の子か女の子かわからないけど、自分たちを見てさっと逃げた。


 その瞬間、自分は足元の鍬を拾って子どもを追いかけた。友だちもみんなそうした。

 何故だかわからない。ゼエゼエ言いながらひたすら追いかけて、必死で逃げる子どもの背中がどんどん近くなって、鍬を振り上げた。


 血塗れになって泥だらけで、酸欠で目も眩んで立ってられなくなって、座り込んだら、森の奥から男が現れた。


 若いのに老人みたいな灰色の髪の痩せた男だった。

 男は子どもの死体の側に屈み込んで、味見するみたいに血溜まりを指で掬って舐めた。

 それから、男が自分の背を摩って言ったんだ。

「よくやった。頑張ったなあ。お前さんは偉いなあ」

 って。地元の友だちが尊敬と羨ましさが混じった目で自分を見てた。


 自分は男に頭を撫でられながら顔を上げた。笑ってる男の口には、何重にも、喉の辺りまで歯が生えてた。



 玄関のチャイムが鳴って飛び起きたよ。

 朝五時とかだった。

 こんな時間に来る奴なんて覚えはないけど、もしかしたら、昨日の友だちかと思ってドアを開けたんだ。


 そうしたら、誰もいなくて、ドアノブに紙袋がかかってた。中から森の中みたいな濃い土の匂いがした。

 開けると、中身は血と汗と泥で汚れた自分のスニーカーと、錆びた金属片と、一枚のボロボロの和紙みたいな紙だった。

 筆文字で「おまえのせいか」って書かれてた。



 何故か知らないけど、わかった。

 これはお前のせいだって責められてるんじゃなく、自分の「成果」なんだって。


 自分は何をさせられてたんだろう。わからないよ。

 あれからもう夢は見てない。

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