第十六話、睨むなおじさんの話

 近所で有名な「睨むなおじさん」ってひとがいてさ。


 名前の通り、町で目が合ったひとを「睨むな!」って怒鳴りつけるんだよ。

 しかも、人間だけじゃない。壁の穴とか点検中で蓋を外してるマンホールとかにも叫ぶの。

 不審者情報でよく挙がって、みんなまたアイツかってリアクションだったけど、幼稚園児の送り迎えしてる親なんかは本当に嫌がってたね。


 自分が小学生の頃だったからだいぶ前だけど、周りに話を聞くと、親の世代からずっといたらしいんだよね。

 子どもたちにとっては、ちょっとした妖怪みたいな存在だった。



 そういうのに肝試し感覚でちょっかい出しに行く馬鹿っているじゃん。

 中学に上がった頃、万引きしたり先輩のバイクで他校の生徒追い回したりする悪ガキ集団がいてさ。

 そのひとりが睨むなおじさんを揶揄いに行こうって言ったらしいんだ。


 おじさんは河川敷にテント張って暮らしてる、所謂ホームレスだったんだけど、おじさんがいない時間を見計らって四、五人で押しかけたんだって。


 噂で奴らが何したか聞いたんだけど、よく手芸ショップとかで売ってるぬいぐるみにくっつける目みたいなものあるじゃん。

 あれをテントの裏側にたくさん貼り付けたんだって。



 ろくでもないことするなと思ってたら、ちょうどその後台風が来てさ。

 結構大きめのだったから休校になって、久しぶりに登校したら、同級生から「睨むなおじさんが死んだ」って聞かされた。


 増水して危険だってパトロールのひとが河川敷を見に行ったら、おじさんがテントから飛び出して来て、そのまま川に飛び込んだらしい。

「睨むな! 睨むな! 睨むな!」って叫びながら。

 おじさんは上がってこなかった。


 下校途中に見に行ったら、河川敷に暴風雨でズタボロのテントの残骸があって、周りに泥と枯れ葉と一緒に目のシールみたいなものがたくさん散らばってた。

 奴らは反省するどころか武勇伝みたいに語ってたよ。



 自分は高校進学で地元を離れて、睨むなおじさんの話も忘れてたんだけど、一度成人式で戻ったんだ。


 相変わらずあの悪ガキ集団は式の最中も暴れたり、酒飲んだり、車で暴走したり大変だった。

 でも、リーダー格だった奴、睨むなおじさんのテントにいたずらした張本人だけは元気なくてさ。

 そいつ、眼帯してたんだ。何でも角膜炎らしい。


 よせばいいのに、誰かが睨むなおじさんの祟りだって言って、そいつがブチギレて、殴り合いになってさ。救急車呼ぶ大騒ぎだったよ。



 両方怪我は大したことなかったけど、そいつの角膜炎が思ってたよりひどいらしくて、すぐ手術が必要ってことになった。右目に角膜を移植したとか何とか。


 祟りどころか危ないところを救われたじゃないかって話してたら、しばらく後、そいつと向き合いがあった幼馴染から電話がかかってきて。

「あいつ失明したよ」って。


 手術が上手くいかなかったのかと思ったら違うんだって。移植は完璧に上手く行ったのに、退院した途端、そいつボールペンで自分の目抉ったんだ。



 救急隊員が駆けつけたとき、そいつはボールペンをテーブルに置いて、先端にくっついた自分の目玉を指さして、「睨むな!」って怒鳴ってたんだってさ。

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