第十五話、姉の声の話
子どもの頃の勘違いって、よくあるじゃないですか。
自分にもたくさんあって。
まず、共感覚があると思ってたんです。
聞いたことありますか。簡単に言うと、文字とか数字とかに色がついて見えて、それで覚えるっていう。厳密には違うんですけど。
そう思ってた理由はわかります。
両親が共働きであまり家にいないから、姉のが遊び相手になってくれてたんです。
ひとりで白黒の絵本を読んでると、姉さんが来てリンゴを指差して「赤」とか、海を指差して「青」とか教えてくれたんです。
だから、自ずと何かものを見たときに姉の声で色が浮かぶようになりました。
自分はぼんやりした子で、たまにうっかり信号をよく見ないで横断歩道を渡りかけることもありました。
そうすると、姉さんがグッと肩を掴んで、怒った声で「赤」って言ってくれるんです。姉さんがいなきゃ死んでたと思います。
自分がそういう子だったから、両親はよく寂し思いをさせてすまないって謝ってくれました。
姉さんが遊んでくれるから大丈夫だというと、余計辛そうな顔をされました。
小学校に入学してからは、少しずつ友だちもできて、姉に遊んでもらうことも少なくなりました。
あるとき、学校で視力検査を受けたら、何かで引っかかって、大きな病院で診てもらえと言われたんです。
両親と一緒に病院に行ったら、先生が困ったような顔をして「今まで気づかなかったのですが」って聞かれたんです。
「この子は先天性色覚異常です。殆どの色の判別がついていないはずです」って。
両親はそんなはずない、物を見れば何色かわかってる、と反論しました。
そのとき、自分は初めて姉さんの声で色を聞いていることを話しました。両親も先生も目を丸くしていました。
帰り道の車で、母が泣きながら「本当にお姉ちゃんが教えてくれてるの?」って聞きました。
その後父から、姉は自分が生まれる前に交通事故で亡くなっていたことを知りました。
あれから姉さんの声が聞こえなくなったと同時に、だんだんと視力が落ちてきました。
医学の進歩に救われて、何とか生活はできています。
でも、たまに辛いときはあって。
普段なら音声誘導の付いている横断歩道がある大通りを歩くようにしてるんですが、そのときは自暴自棄で、わざと真っ暗な道を渡ってみたんです。
赤か青かわからない信号に向かって踏み出したとき、肩をグッと掴まれて、耳元で懐かしい声が聞こえました。
たまたま通りがかった二人乗りの自転車の学生が「今お前『赤』って言った?」と呟く声が聞こえました。
でも、違います。確かに姉さんの声で「馬鹿!」って聞こえたんです。
姉さんに叱られたのはあれが最初で最後です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます