第二十四話、お年玉の話

地元の先輩はいいひとではあるんですが、昔短気で、高校も中退したし、ツテで入った工場やバイク屋もすぐ辞めてました。

一度子どもができたとかで結婚したんですが、奥さんが子ども連れて逃げてしまって、それも長続きしなかったみたいですね。


先輩は慰謝料や養育費もろくに払えなかったらしくて、離婚してから荒れてたんで自分もあまり近づかなかったんですが、年末久しぶりに会ったらやけに元気そうだったんです。

聞いたらいい仕事が入ったらしいんです。


何でも元旦の夜明け前までにある山の井戸まで行って、橙の実を投げ入れてくるだけでいいんですって。おかしな話だと思いますか?

地元にはそういう文化があるんですよ。落語とかにもなってるらしいんですけど、井戸に住む神様に新年のお年玉として、神聖な橙の実を納めて一年の無事を祈願するっていう。


おかしいのはそれだけで百万もらえるってことです。絶対に自分ならやらないけど、先輩は普通の仕事よりこういうので一発当てたい方ですから。自分に会う前にもう何度も裏バイトをこなしたらしくて、自信があるって言ってました。



ここからは先輩に聞いた話です。

大晦日の朝、家のポストに封筒が投函されて、開けたらロッカーの鍵が入ってたそうです。言われた通り駅のロッカーを開けると、トランクケースと車の鍵も地図があったとか。

何処とは言いませんけど、一日車を飛ばしてやっと間に合うような遠いところでした。


先輩は駅の駐車場からガンガン車を飛ばして、指定された山の方へ走ったらしいです。見張りがいないから時間に間に合わなくてもいいかと思ったら、途中のサービスエリアで休憩してるとき、周りにいたトラック運転手がやけに先輩を見てたそうです。

隠れて見張ってやがると思って食ってかかったらすぐ逃げたって。


それからも休憩するたび、子どもが車を覗き込んでたり、日暮れになって山道に入ったら車内でも視線を感じるようになったり、妙だったらしいんですね。

視線は何処から来てるんだろうと思ったら、頼まれたトランクケースだったんです。片手で持ち上げてみたら、橙の実が入ってるだけとは思えないほど重い。トランクは開けなかったけど、夜になるにつれて視線はだんだんと濃くなって、もう気持ち悪いから早く帰ろうと思って車を飛ばしたらしいです。



夜明けギリギリになって辿り着いた場所は元は御屋敷だったような広い廃墟で、真ん中に朽ち果てた井戸があったそうです。普通井戸には釣瓶で水を汲む桶が括ってあるのにそれすらないくらい古い井戸だったらしいんです。その間もずっと視線は感じたそうです。


先輩は言われた通りトランクケースごと井戸に投げ込んで慌てて車内に戻りました。


こんな訳のわからない仕事して車内で年越しちまったなって苛つきながら煙草吸ってたら、別れてから一回も連絡を取ってない奥さんから「あけましておめでとうございます」ってメールが来たんですって。

先輩は思わず泣きそうになって、メールを返した後、娘にお年玉をあげたことなんてなかったなとか、大金が入ったんだから正月くらい父親らしいことをしようとか思って、車を飛ばして地元に戻ったらしいです。



自分が奥さんと娘さんには会えましたかって聞いたら、先輩は一言「死んでた」って。

昔人伝に聞いた妻子の住む家に駆けつけたら、正月なのに静まり返ってておかしいなと思ったらしいです。鍵も閉まってないからドアを開けたら、玄関で親子で首吊ってたらしいです。しかも、井戸の釣瓶の縄で、娘の足元には古い木桶が置いてあったそうです。

警察が言うには、年越しと同時に死んでいたそうです。


先輩は真っ青な顔でこれでもう慰謝料も養育費も関係ねえって笑ってましたよ。それから連絡が取れてません。

何が悪かったのかわかりませんけど、先輩、本当はトランクケースの中身見ちゃったんじゃないですかね。

短気なひとですから。

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