第五夜、先輩の煙草の話

 初めて見たときの先輩は、高校の非常階段で学ランのポケットから煙草とライターを取り出したところだった。


 目があったのがわかると、先輩は人差し指を立てて、「秘密な」と言った。



 先輩は不良ではない。寧ろ成績もよく、煙草以外の問題行動は何もしなかった。

「バレたとき、担任も『何でお前が』って頭抱えてたよ」と笑っていた。


 先輩が非常階段の踊り場で煙草を吸うのは、いつも冬だった。

 美化委員の仕事で裏庭を掃除していると度々見かけるので、挨拶を交わす仲になった。

 仕事を増やさないでくださいよと茶化すと、先輩は苦笑しながら携帯灰皿に吸殻をねじ込んだ。



 真冬の放課後、非常階段の手すりに積もった雪を落としていると、先輩がまた煙草を吸っていた。

 悴んだ手を擦り、白い息を吐きながら、先輩の隣に並んで、何故冬だけ煙草を吸うのか聞いてみた。


「夏は誤魔化さなくていいからさ」と先輩は苦笑した。

 言葉の意味を理解できずに黙っていると、先輩はそれ以上何も言わず、吸い終えた煙草を携帯灰皿に放り込んだ。


 冴えた空気に副流煙の名残りが溶けてから、やっと理解した。

「秘密な」



 初めて会ったときのように人差し指を立てた先輩の息は、全く白くならなかった。

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