第六話、天狗の山の話
山の天狗に祈れば万病が治るという。
骨身も凍るほ厳冬の満月の夜、天狗がいるという山の奥の祠に篭り、一晩中祈ると、朝にはすっかり治っているそうだ。
初めからその通りの伝説だった訳ではない。
事の起こりは子捨てだった。
貧しい夫婦の元に、生まれつき頭が他の子より二回りも大きい子どもが生まれた。
五つになっても言葉を喋らず、蝶を追いかけるだけの、呆けた子だった。
これでは奉公にも出せないと、雪降る満月の夜、夫婦は山の祠に子を置き去りにした。
翌朝、家の戸を叩く者があった。夫婦が戸を開けると、我が子だった。
頭は尋常の大きさになり、夫婦の前で手をついて、「これからは今までの分も孝行申し上げる」と述べた。
天狗の山に送れば、腕が折れて使い物にならなかった農夫は村一の働き者になり、数を十まで数えられなかった娘は都の反物屋の妻として店を切り盛りする才女になった。
我が家の末娘は肺が悪かった。
子への情はあるものの、これでは薬代が賄いきれない。
親子で野垂れ死ぬよりマシだろうと、厳冬の満月の夜、泣いて嫌がる娘を天狗の山に連れて行った。
娘を祠に入れ、戸を閉じた。娘の啜り泣きは月がいっとう高くなった頃最も激しくなり、それからはぴたりと病んだ。
翌朝戸を開けると、娘は真冬の山で一夜過ごしたとは思えないほど健やかな赤い頬をしていた。
それから娘は一度も寝込まず、家を手伝っている。ありがたいが、ふとした仕草や受け答えが、以前の娘と違っている気がした。
恐る恐る聞いてみると、娘は赤い頬で笑い、「健康な子がほしかったのでしょう」と言った。
娘の鼻は前より伸びている気がした。
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