第三十二話、盲人の夢の話
葬式を終えて村へと帰る途中、山道を半ばほど過ぎた頃、盲目の青年と会った。
彼は按摩として各地を巡る旅の途中、道に迷ってしまったらしい。手を引いて案内し、古寺の大木の前で休息を取った。
貴方は僧侶ではないかと問われたのでそうだと答えると、青年は閉じた目蓋に触れながらぽつぽつと昔話を始めた。
彼は物心ついたときから、夢告げじみた不可解な悪夢を見るらしい。
水に浮かぶ女に睨まれる夢を見たときは、翌朝、家の前の川に心中に失敗した遊女が流れ着いた。
暗闇の中に佇む男の夢を見たときは、件の遊女と心中の約束をして独り逃げた男が自分の父だと知った。
夢に見たことは必ず真になるのだという。
己の目を失うことも夢に見たが、どうすることもできず、結局盲人になった、と彼は微笑した。
青年はひとつだけ、まだ真になっていない夢があるのだと言った。
一条の光も射さない暗闇の中、何かを語りかけてくる男の低い声がするのだという。男の声が止むと、母の悲鳴が響き、錆びた刃を振るう音と血の匂いが立ち込め、何者かに母が殺されたと悟る。
そんな夢らしい。
それが真になるのが恐ろしい、己は悪鬼に取り憑かれているのではないか、何か術があれば教えてほしい。
そう訴える青年の様子は痛ましく、気休めにでもなればと念仏を唱えてやった。
大樹の影が暗く伸び、枝葉のざわめきが冷たく響いた。
念仏を唱えると、青年は憑き物が落ちたような晴れがましい顔をして何度も礼を言った。
二又に分かれた道で、青年はここまで来れば道がわかると言い、深く身を折って頭を下げた。
また悪夢に悩まされたら寺に来るように告げると、彼は首を横に振った。
青年は独り言のように呟いた。
申し上げませんでしたが、夢で聴こえたのは念仏だったのです。もう真になりました。私のこの目は母にやられたものです。
そう言って、彼は潰れた眦を下げた。
何処かで女の悲鳴が聞こえた、ような気がした。
禍原さんの百物語 木古おうみ @kipplemaker
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