第十話、よくわからない話(一)

 昔、近所に住んでたお兄さんの話なんですけど。


 僕、両親が共働きで祖父母も遠くに住んでるから家ではだいたいひとりで。よくそのお兄さんの家に上げてもらってたんです。

 顔はよく覚えていませんが、首のところに黒子があったのは記憶に残っています。


 お兄さんの家族は見たことありません。いつもひとりで、でも、行くたびにお茶やお菓子を出してくれて。

 年は結構離れてたので公園で遊んだりはしなかったです。代わりにお兄さんがよく怖い話を聞かせてくれたんです。


 お兄さんは話が上手かったし、人魚のミイラとか、飛び込んだひとが増えるプールとか、学校の図書室の怪談本には載ってない話をたくさん聞かせてくれました。

 子どもってそういうの好きだから、クラスの子にも教えたいって言ったんですけど、毎回断られてしまったんです。

「悪いことは言うと本当になるから」って笑って人差し指を立てて。



 僕が小学生四年生になる頃、お兄さんから引っ越すからもう会えないって急に言われたんです。

 それで、僕にしか頼めないことがあるって。


 お兄さんの家の前の交差点に、毎日花をたむけてほしいって言われたんです。

 このお金が尽きるまででいいからって、僕に一万円札を握らせて。それとは別にお小遣いで小学生にあげるにしては結構な額をくれました。



 お兄さんの引っ越し先は聞けないまま、ある日行ったらもう家が空っぽになってました。

 それから、僕は言われた通りに毎回花を買って交差点に置きました。

 何度も同じ花屋に行くと怪しまれるからと思って、スーパーとか隣町の商店街まで、時間も登校前や下校の後とかバラバラに変えて。


 事故があったと思われたんでしょうね。

 いつの間にか自分が置いてない花やお菓子まで交差点に置かれるようになりました。



 お兄さんからもらったお金が尽きた頃、ちょっとした事件があったんです。

 うちにもたまに来ていた配達員のおじさんが警察に自首したんです。


 数ヶ月前にあの交差点で高校生くらいの男の子をバイクで跳ねて怖くて逃げてしまった。きっと軽傷だろうと思っていたけど、御供物を見て罪の意識に耐え切れず自白したって。ちょうどお兄さんが引っ越した時期の話でした。


 でも、警察が交差点の監視カメラを調べても轢き逃げ事件なんて起こってないし、おじさんのバイクも傷ひとつなかったそうです。

 疲れてノイローゼなんじゃないかって話で済んで、おじさんのいた運送業者に監査が入って、おじさんは妻子と一緒に実家に帰って、それで終わりでして。


 それから、両親にそれとなくお兄さんのことを聞いても、そんなひとは知らないって言うんです。

 あんなに世話になってたし、僕もよくお兄さんの話をしたからそんなはずないのに。

 近所のひとに聞いてもあそこには老夫婦が住んでたとしか言わないんです。



 小学校を卒業して、少し離れた中学に自転車で通うようになった頃です。

 久しぶりにあの交差点を通ったら、知らないおばさんが交差点に花をたむけていました。


 聞いてみたら、おばさんは隣町の商店街で和菓子屋をやっていて、昔事故に遭った男子高校生の知り合いだから、定期的に花を供えに来てるそうでした。

 よく家に遊びに来る子のためにお菓子を買ってくれたって。

 その男子高校生がどんなひとか聞いてみたら、首筋に黒子があったって言ってました。


 悪いことは言うと本当になるって、もう悪いことがどうかもよくわからないんですが。

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