第十九話、蜘蛛の村の話

 村はいつも平和で大きな犯罪もなく住人も皆気さくだったが、八年に一度だけ毎回恐ろしい事件が起こった。


 村の外れに切断された女性の腕が捨てられるのだ。

 それも四人分。

 死体の他の部分は見つからず、村で行方不明のものもいない。

 村の外からもひとが呼ばれて村中を捜査しても死体も犯人も見当たらなかった。怯える村人を地主が宥めて回った。


 八年に一度、鋭利な刃物で切り落とされた血まみれの腕が見つかるだけは平和な村だ。

 村の中に犯人がいるはずはないと思いつつ、その年が来ると村人たちはお互いに監視し合った。皆殺気立って、普段なら起こらない悶着も起こった。


 地主はいつものように皆を宥め、「不安ならば今年は二つの家どうしで互いを監視すればよい」と言った。

 村人はその通りにした。

 元々善良なひとびとだったから、監視と言ってもすぐに本当の家族のように仲睦まじくなり、畑仕事も寝食も共にするようになった。


 ずっとこのままでもいいと思い始めた頃、また村外れで八本の腕が見つかった。

 村の外から来た刑事に「怪しい者はいなかったか」と聞かれたとき、村人は皆口を噤んだ。

 互いを監視し合っていたから、怪しいことなどないと知っている。唯一、地主を除いて。


 地主の家に捜査が入り、古い日本刀と焼き捨てられた血塗れの着物の切れ端が見つかった。

 村人は皆、あの穏やかで聡明な地主がまさかと慄いた。


 地主が刑事に連れていかれるとき、彼の息子は泣いて縋って止めようとした。父は人殺しではないと叫ぶ息子を、地主はいつものように穏やかに制した。

 裁きを待たずして、地主は獄中で死んだ。



 村には平和が戻った。

 村人たちは口々に「悍ましい殺人鬼がいなくなったからもう安泰だ」と言った。

 地主の息子を虐げる者はいなかった。あの日から口を利かなくなった彼を皆憐れんだ。皆子どもに罪はないと思っていた。


 八年経った日の夕方、地主の息子が事件以来初めて口を開いた。

「もう女の腕は捨てられないと思うか」と。村人は訝しがりながら「それはそうだ」と答えた。

 地主の息子は「俺の父は人殺しだと思うか」と尋ねた。村人は言葉少なに同意した。

 地主の息子はそれきり黙り込み、日が落ちきる前に村を経った。



 その日の夜、村は滅んだ。

 八年前地主を捕らえた刑事が駆けつけると、村人は皆絞め殺されていた。村外れからは巨大な筋が八本這いずったような跡があった。


 刑事は地主の息子が腹いせにやったのだと思い、彼を探そうとした。しかし、検屍の後、彼のせいではないと悟った。

 死体にはどれも四十本の指の痕があった。村人は皆、八本の腕で絞め殺されていた。

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