第二十六話、灰の盆の話

 姉が嫁いだ先には珍しい風習がありました。

 ホラー映画に出てくるような因習とかじゃないんですよ。

 その地域では昔からあるちゃんとした占いみたいなものなんです。



 風習っていうのは、家でひとが亡くなったとき、葬儀の後、亡くなったひとが寝起きしていた部屋を掃除してから灰を貯めたお盆を置いておくんです。

 遺灰じゃなく、普通に紙とかを燃やしたときに出る灰ですよ。

 それから、しばらくしてもう一度部屋を掃除するんですが、そのときに灰を入れたお盆に何かの足跡がついていないか確認するんです。

 鳥の足跡がついていたらそのひとの死は決められた運命だったけど、犬の足跡がついていたら本当はまだ寿命じゃなかったのに不運な事故だったということらしいです。


 遺族としては鳥の足跡がついていてほしいですよね。せめて運命だったって納得したいじゃないですか。

 灰のお盆を置いた後、わざと窓を開けて果物を置いて鳥が来るようにするひともいたらしいです。



 去年、姉の旦那さんが亡くなりまして。

 元々身体の弱い方だったらしくて、結婚してから重い病気が見つかって、闘病の末でした。

 家族に看取られて、最期はみんなに「ありがとう」って笑って逝ったと、姉が話していました。

 だから、灰のお盆にもきっと鳥の足跡がつくだろうってみんな思ってたんです。



 部屋を掃除して、お盆を置いたのは姉でした。果物を置いたりはしなかったそうです。自分に都合のいい結果より真実を知りたかったからって。

 姉はそういうところのあるひとでした。普段は迷信とかあまり信じない方でしたけど、自分の旦那のこととなると違うんでしょうね。


 どうなったか聞いたら、そのときは「何の足跡もついてなかった」と言っていました。「こういうのは気休めだからね」と、姉は笑ってました。



 でも、一周忌の法事の後、食事会も一通り終わって、姉の子どもたちも寝た頃、夜、姉とふたりで縁側に座ってたら急に言われたんです。

「足跡はついていなかったんだけど」って。

 何のことかと思ったら「灰のお盆に手形がついてた」って言うんです。

 それもたくさん。子どもがふざけて車の窓ガラスを叩きまくったみたいに。

 何よりそれは全部右手で、しかも小指がなかったそうです。

 姉は誰にも言わずに灰のお盆を片付けたと言っていました。



 関係があるのかわかりませんが、義兄は学生時代、事故で左手と右手の小指を失った地元の女性と付き合っていたそうです。

 でも、何かトラブルがあった訳じゃなく、お互い上京して、円満に自然消滅のような形で別れたらしいです。


 自分も義兄の葬儀でその女性を見ました。

 優しそうな旦那さんと可愛い娘さんに囲まれて、ごく普通に丁寧にお悔やみを伝えて帰っていったそうです。


 姉は「人間の心なんて本人にもわからないものだからね」と困ったように笑っていました。

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