第三話、亡父の口癖の話
「本気なんて出すなよ。ほどほどでいいんだ。人間、必死で働いたら本当にすぐ死んじゃうからな」
父の口癖だった。母は毎日ぼやいていたし、弟はああいう大人になりたくないと言ったが、自分は父が好きだった。
父は本気を出していないのに、事故で呆気なく死んでしまった。
それからは毎年の盆になると、父の幽霊が現れた。
化けて出られるならもっと来てくれればいいのにと言うと、「本気を出したらすぐに力尽きてしちゃうんだよ」と懐かしい苦笑で答えられた。
十五のとき、母が再婚した。相手の男は、父とは似ても似つかない、神経質そうなほど厳格な男だった。
父に似て無気力な自分は特に何も行動を起こさなかったが、反抗期真っ盛りの弟はひどく反発した。
真面目すぎる男にはそれが許せなかったのだろう。
新しい父は母のいないところでよく弟を殴った。
盆にはまだ遠い少し梅雨の夜、自分は一度だけ、仏壇に向かって新しい父親が嫌だと零した。勿論何の答えもなかった。
その年の盆の暮れ、母の再婚相手は父と同じ死に方をした。仏壇に駆け寄っても父の幽霊は現れなかった。
それから今までずっと、父の幽霊は現れていない。
幽霊でも本気を出したら死んでしまうんだろうかと、そう思った。
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