第22話 ファーストコンタクト
僕が箒から飛び降りた辺りは無残に荒れ果てていた。芝生が掘り返されている。何百もの焼き蝙蝠が地面を黒く染め、その上にヴァルキリーちゃんの残骸が転がっていた。
横になった人間が四人。うつ伏せに倒れていたのはキュー、コン、ロウラン。彼らの生傷や火傷痕から、かなり激しい戦闘があったのだろうと想像がつく。反して仰向けですーすーと寝息を立てる四人目、ノルンは戦闘に巻き込まれなかったようだ。
「あなたがこれをやったの?」
目の前には、探偵風のケモ耳女子が悠然として立っていた。こちらには汚れ一つない。
「はい。初めまして、オズさん。話には伺っています」
「え、知られてるんだ。しかもなんかすごい丁寧な物腰」
彼女はタブレットを胸に抱きよせながら頭を下げた。
「ボクはあなたのクラスの三人目の生徒、アットマです。以後お見知りおきを」
「えっ!? あっ、こんにちは、こんばんは! オズです、よろしくお願いします!」
「はい。では経緯を説明させていただきますね——」
アットマ曰く、彼女はロウランに襲われたノルンを助け出し、更にその後、キューと協力してコンとも戦ったというのだ。信じがたい話だが、この状況とは全く矛盾しない。
「凄い……凄いね! ありがとうアットマさん! アットマさんに助けられたよ!」
「いえいえ。それもこれも全て、『オズの神様』を名乗る誰かがノルンさんの危機を教えてくれおかげです」
——え?
「アットマさんが『僕の神様』じゃあないの?」
「ん? いいえ。初対面のはずです」
「そっ……か」
なんとなく彼女が神様かと思ったのだが、勘違いだったようだ。
「ボクが通話した限りでは、男性のような印象でしたが」
「あっ」
思い返してみれば、神様は僕に精液を飲ませてきた。きっと男性だろう。
「やはりあなたの神様を名乗るくらいですから、お知り合いなのですか?」
「いやうーん、知り合いというかなんというか。気を許せる人ではあるんだけど」
「——ふふ、そうですか。もし機会があれば、感謝を伝えていただくようお願いします」
それだけ言い残して、アットマは颯爽とその場を去っていった。
「あ……ありがとう、アットマさん!」
アットマの後ろ姿も見えなくなったころ、リー・コンがいきなり跳ね上がった。
「ほっ」
「え、なに」
地面に着いた両手をパッパッと払う彼は、かなり自然な仕草で身体を動かしている。
「動ける……の? 戦う?」
「信じてくれると嬉しいな」
コンはそう言うと、ポケットから丸い爆弾を取り出してすぐにピンを抜いた。
刹那の判断。しかし僕はコンのことを信じることにした。
結果的に爆発は起こらなかった。しかし代わりに、周囲一帯に緩いごく微細な白い魔力が放たれる。白色となると反魔法の類いのはずだ。
「手投げ爆弾に見えるけど……違う道具なの?」
「兵器ではあるよ。最先端の魔法EMPグレネードさ!」
「最先端の魔法EMPグレネード!!? EMPって何!!?」
「『Enjoy! Magical Playing』!」
「絶対ウソだよっ!!」
「周囲の魔法道具をスタンさせるメタ魔法道具なんだ。これで盗聴の心配はなくなったね」
——盗聴?
「ではさて、俺はオズくんとは戦わないよ。やられたフリしてアットマさんを捕らえようとはしてたんだけど、君には勝てる自信がないからプラン変更だね」
とりあえず、すぐに手を出さなかったのは正解だったらしい。
「俺の次点のプランは、君に協力することさ、オズくん」
**
一年前。キューとノルンはアットマを捕まえて喫茶店に連行した。
「な、なに、なに、なんですか!?」
「モカとかにしちゃうか? カフェモカ二つで」
「私もそれにする!」
「三人一緒はつまらんやろ」
「へ、へへ、返事! ボクの質問への回答を、所望します……!!」
キョドキョドするアットマを前に、キューは肘をついてニヤリと笑いかける。
「いや、私はただおどれと仲良くなりたいだけなんよ」
「キューたん、借金取りと仲良しなだけあって脅し文句が板についてるね!」
「要らんこと言うなや!」
「ひ、ひいいい、ガラの悪い方言怖いよおお……」
「おっと、地元の言葉を馬鹿にするってことは覚悟ができとんやろな?」
「ひいいいっ!」
それぞれのカップが届く。キューはどうぞどうぞとアットマに飲むよう勧めた。
「で、おどれのその秒でキャラ変する魔法はどこから出てきたん? 話してみ?」
「ね! アットマさん、本当に変だもん!」
「えっ……ボクの身の上話って……こと? な、なな、なんで? そんな、さっきは不気味だって、言ってたじゃん……」
「おいおい世界の才媛が集まるこの学園に来たんや。そら変人だらけに決まっとる、不気味は別に悪い意味とちゃうぞ。先週あったばかりのコイツやって、まあ最初は相当不気味やったで。まあ今もあんま変わらんけど」
「私が? なんでえ?」
「な、何か、あったの?」
「せやねんコイツ、荷ほどき手伝わせされたと思ったら箱から大人の玩具出てくる奴なんやわ。性にオープンとかそういう次元ちゃうもん。襲われるんちゃうかと肝冷やしたで」
「え、ええ? それは確かに怖いね」
「やろ?」
アットマがクスリと笑ったのを見て、キューは改めて身の上を語るよう促した。
**
ボクはね、小さい時は外で遊ぶのが好きだったんだ。
仲のいい女の子が一人いてね。ボクとその子に、みんな着いてくるって感じだった。
きっかけは、少し成長してからだった。みんな性に少し敏感になる時期があるでしょ? あ、第二次性徴じゃなくて、着替えの様子を隠すようになるとか、それくらいの年頃の話。
その頃に、その、仲の良かった女の子に頼まれたんだよ。きっと興味本位だったんだろうね。あ、あの、その……男の子のアレを見せてほしいって、頼まれたんだ。
「……は? ちょ、ちょい待とか。ん? ん?」
「女装……いや、胸は結構あるように見えるよ? 私ほどじゃないけど」
「ああなるほど理解したわ。その耳、犬にも猫にも見えんと思ってたけど——」
そう。ハイエナなんだ。両性具有、なんだよね。
ともかく、まあボクたちは仲良しだったから、一度だけだとか、一生のお願いだとか言われたら、断り切れなかった。それで見せたんだ。
「私分かっちゃったよ」
「ほう。言ってみ?」
「勃っちゃったんだあ」
「あ、ああ……」
べ、べべ、弁解しとくけど! 身体的な反射みたいなものだよ! まだそういう機能に対する理解とかも微妙な年頃だったし、決して興奮したわけじゃあないんだ!
「うんうん。よおーく分かるよ」
「ノルンはんに何が分かんねん……」
そ、それで……察しは着くと思うけど、翌日からボクはいじめられるようになった。仲良しだった子が率先していじめてきた。
「迂闊やったな、とはいえどうしようもなかったか」
友だちに会うのが怖くて、ボクは引きこもるようになった。でも、親は外に出ろ、学校に行けってうるさくてさ。うるさくって。うるさくて、うるさくて……。
それでね、仕方ないから、周りのみんなからボクの記憶を消したんだ。
「……うん?」
あ、えっと、言葉通りの意味だよ。両親が〝記憶〟魔法の専門家だったから、家にあった本を必死に読んでね。当時のボクでは、何か月もかけて魔法陣を描き直して、詠唱だって何百通りも試さなきゃいけなかったけど、でも、できちゃった。
「それは……凄いね。アットマさん、本物の天才なんだ」
ただ、やりすぎちゃった。みんなはボクの恥ずかしい話だけじゃなくて、ボクに関する全ての記憶を失っちゃったんだ。
「なっ!? そ、そら……なんというか……」
でも! 楽しかったんだよ最初は! だって、一から人間関係をやり直せるんだ! 失言したって、失点したって、そのたびにまたリセットすればいい! 相手がされて嫌なこと、されたら嬉しいことを総当たりで探していくのは、そういうゲームみたいだった!
ボクは何度もやり直したよ。そしてどんどん人気者になっていったんだ。でも限度があった。なんというか、ボクがボクである限り仲良しになれない人がいるんだよね。
「生まれつきソリが合わない人っているよね」
「……つまり、そういうことなんか」
そう。ボクはそれが許せなかった。全ての注目を一身に集めていたかった。全ての人間を手中に収めていたかった。だからね、ボクは他人の記憶を消すだけじゃなくて、自分の記憶も改竄するようになったんだ。記憶を変えれば人格が変わる。「ボク」が「ボクじゃない人」になる。そしたら、「ボク」では攻略できなかった人が攻略できると思ったんだ!
**
「見た目が悪いかもなと思って、耳と尻尾を隠すために、幻覚の魔法も勉強した! 〝記憶〟の枝分かれだったから理解は比較的簡単だったよ。ボクの容姿なら性別だって偽れる! 攻略不可能な人なんていなくなったんだ!!」
キューは迂闊な発言を後悔した。彼女はこのとき「そのままの意味の不気味」を感じ取っていたのである。
「でもね、そんなことを繰り返してたら、気付くとボクは元のボクを見失っていた」
どうしてこの子はこんなにも恐ろしいことをこんなにも簡単に話しているのだろうか。
「思い出そうとしても思い出せない。両親すらも元のボクを覚えていない。最初のボクはどこかにいっちゃったんだよね」
どうしてまだ、平然と自分の人格を変えることができるのだろうか。
「初めは落ち込んだよ。でも諦めがついた。というか、自分にも他人にも頓着が無くなってたんだよね。なんというか——世界が一編の物語で、みんなその登場人物に過ぎない——そんな風に見えた。とはいえ人間だし、人肌恋しくて、誰かと話したいと思うことはある。そしたら今度は、ボクは他人に覚えられるのを怖がっていることに気付いた。ボクに対するマイナスな感情を抱かれるのが耐えられない」
理解できる。理解できない。理解できる感情を、理解できない方法で解決している。
「気付けばボクは臆病者になっていた。好かれていない状況に耐えられなくなっちゃったんだ。完璧なボク以外、見せたくない」
ペラペラと気持ちよく自分語りを続けるアットマを前にして、キューはただひたすらに慄いていた。アットマは彼女の魔法の粋である忘却魔法の術式も懇切丁寧に解説する。学生ながらに最先端の魔法を活かして探偵業をやっていることや、そこであった失敗のエピソードまで、包み隠さず何もかも。
「おおー、初対面なのに遠慮なく色々と話してくれるんだね」
「ノルンはん、まだ分かってないんか? コイツがどんなつもりで素性を語っとんのか」
「あ、キューさんは分かっちゃった? これも全部消しちゃうんだよね」
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