若返り賢者の人生やり直し~最先端の魔法学園と学生たちの等身大な悩み~

うつみ乱世

1章 最先端の若者の性癖(ノルン編)

第1話 若返りの秘薬

「できた……若返りの薬が……!!」


 怪しげに光る水晶が床から生え伸びる地下室。辺りには無数の本や薬品のビンが無秩序に放られている。そこで、世紀の犯罪者として名を馳せているこの私——オズミックは、長いひげを垂らしながら、感動にむせび泣いていた。


「おお、おお……本当に長かった」


 私はこの晩年に至って、遂にその薬を完成させたのだ。


 現代の戦争において最もポピュラーな攻撃魔法——〝爆発魔法〟のパイオニア、それがこの私だ。しかしこれは名誉ではない。魔法特許の問題やマーケティングの失敗などが度重なり、いつの間にか私は「世界で最も人を殺した賢者」と呼ばれるまでに落ちぶれたのだ。


 もちろん開発当初には、人を効率的に殺す魔法を開発しようだなんて意図は露一つとして無かった。ただ自分の研究に没頭していただけだったのだ。


「ああ。これで、やり直せる」


 私は自分の人生を後悔していた。


「本当に、辛かった——」


 それは、世渡りが下手だったことや、家族を作らなかったことに対して——ではなく。


「追われる身では、自由に研究もできなかったからのお!!」


 指名手配となってから、研究が思うように進まなかったことに対してだ。


「これで私は無名の魔法使いとなる。再び真理の探究に耽るのじゃ!」


 目の前にあるビーカーを掴んで、桃色の薬をそのまま一気に呷った。





 視界が一変した。うららかな陽の差す森の中。

 チチチと鳥が鳴き、水辺では鳥の羽を背中に生やした少女たちが遊んでいる。


「……な、なんじゃこれは!?」


 予想外の出来事だった。


 ——こ、ここは一体!? 私の研究室はどこに!?


 ふと、人の気配に振り返った。そこには、パラソルの元で紅茶をすする女性の姿があった。

 しゃらりと流れる異常に長い金髪、純白のローブを着た女性。

 カップを受け皿に置く。カツンと小さな音が鳴った。


「若返りの薬は……禁忌なのです」


 興味が勝り、焦りはすぐに引っ込んだ。学者肌ゆえ、職業病のようなものだ。


 ひげを撫でながら尋ねる。


「ふむ。もしやここは死後の世界かの?」

「違います。あなたたちの世界より高次元な領域ではありますけれどね」

「それで、そちらのヒトかカミサマかが、私に何の用じゃ? 禁忌の薬を作って、あなたに何の影響があるのじゃろうか」


「流石に理解が早いですね。悪い影響があるから、こうして呼び出させてもらったのです」

「なんと! しかし何を言われても私は飲むぞ。なにせこの薬のために貴重な十年を捧げたんじゃから! 死んでも飲むのじゃ!!」


 私の高笑いを受けて、女性はため息をついた。


「そうですか。一応、飲んで元の世界に帰るというやり方も無いではないですよ。ただ、禁忌を破ったのに値するペナルティで、バランスを取っていただきます」

「おお、それなら是非そうしてもらいたい! どんな誓約でも受けよう!!」

「では、あなたの魔力を全て没収します」


 身体が凍ったように固まった。


「……なんじゃと?」

「あなたが選んだのですからね。では、ごきげんよう~」


 喉まで出ていた異議申し立ては、身体ごと地面に飲み込まれた。





 再び目を覚ました時には、視界は薄暗い研究室へと戻ってきていた。


「ん……」


 座っていたはずの椅子が倒れている。視線が低い。床にへたり込んでいるのだろうか。


「いや、それにしても……」


 両手を挙げると、ローブの袖が余っていた。


「——!?」


 慌てて床を駆けずり、転がる水晶の一つを手に取る。そこに写り込んだ自分の顔は——。


「若返っておる!!」


 五歳か六歳くらいだろうか。子供の姿だ。


「成功じゃ!! うおおおおお!!」


 両腕を突き上げて喜んだのも束の間。


「し、しかし……」


 両腕をぶんぶんと振ってみる。空気中の精霊との繋がりが感じられない。


「本当に何も、魔力的なものが感知できん。魔力が無くなってしもうた!」


 魔法の得手不得手は生まれつきの「魔力」に依存している。魔力が低ければ複雑ないし大規模な魔法は使えないし、魔法理論への理解だってどうしても浅いものになる。


 まず人類上位一パーセントの魔力を持って生まれなければ、「賢者」への道は開かれないのだ。ましてや魔力が全くないとなっては、魔法の探求などもっての他である。


「ふふふふふ。しかし舐めてもらっては困るぞ上位存在どの。わしとて自分の魔力の限界を感じたことはある。その手を打っていない訳ではないのじゃあ!!」


 裾を引き摺りながら、床に積まれた走り書きの山に突っ込んだ。


「あった!」


 手元の紙片には、確かに魔法の論理式が書かれている。


「うむ、うむ……よくできておる。さすがこの私、天才じゃ。……しかしまだ不完全な式でもあるのう。どうしても専門外の領域じゃからな。資料を読んで補強しなければ」


 紙片を強く握って顔を上げた。


「そうと決まれば決まりじゃ! 元よりそのつもりだったのじゃから、向かうほかあるまい! 『世界の魔法の最先端』、魔法学園フレニアロサイトに!!」


 右手を突き上げて笑う。


「そして、この『他人の体液を摂取することで魔力を蓄える術式』を完成させるのじゃあー!!」


 こうして私は魔法学園を目指したのだった。

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