2章 最先端の生まれの呪い(キュー編)

第8話 上位種族のキュー・ヴァンピィさん

 僕とノルンは学園の傍にある港町に降りてきていた。安いアパートの一つが目的地。

 潮風に錆びた階段を上って隅の部屋の前まで来る。表札には何も書かれていない。

 呼び鈴を押す。ぴんぽーん。少し待つが——。


「反応無いなあ」

「お、じゃあ私が呼び出してあげよっか?」

「できるの?」

「できるよー友達だからね」


 ノルンは扉に拳をついたかと思うと、一息ついたのち、扉を激しく打ち付け始めた。


 ガンガンガン!


 ——なにごと!?


 ドスの効いた声で扉に向かって叫ぶ。


「オイ、テメエ芋女!!! いるんだろ居留守してんじゃねえ!!! 今月分の支払いどうなってんだよ!!!」

「ひ、ひいいい!!? しばらく返済は待ってくれるって話じゃありませんでした!!?」


 扉越しながら声を聞くことができた。ノルンは一転、にこやかな笑顔を見せる。


「うそうそ! ノルンだよ!」


 扉の向こうからドスドスと力強い足音が近づいてきた。勢いよく扉が開かれる。

 中から出てきた女子は、すかさずノルンの胸ぐらを掴むと怒りに声を震わせた。


「ノ、ノルンおどれっ……!! いてこましたろか!!?」

「キューたん、久しぶり!」


 上下水色の褪せたジャージを着た女子。足元にはゴムのサンダル。爪は乾いている。

 伸ばしっぱなしの白い髪は毛先がぼさぼさで、絡まっているところさえあった。

 切れ長の紅い瞳に、妙に長い犬歯を持つ。かなり整った、綺麗系の顔立ちだ。


「オズきゅん、紹介するよ、この子がキューたん。キュー・ヴァンピィだよ」


 ——この子がウチのクラスの二人目の生徒か。


「なにもん!? おい、誰ですのよこの可愛い男の子は!」


 やはり可愛いらしい。年下補正もかかっているのだろうが、それでも少しこそばゆい。


「こんにちは、オズです! お姉ちゃんのゴーレムということになっています!」

「変に謙遜しないの! ゴーレムそのものだよ!」

「はあ。学園一の変態フィギュアラーもこの領域に来ましたのね。で、おどれらは何の用ですの? 私は今立て込んでますのよ、内職の造花作りが佳境なんですわ」


「これより弱い言い訳を探すのが難しいくらいに弱すぎる言い訳だ……!」

「そりゃあクラスに来てもらうよう説得するためだよ! 昨日も先生が来たでしょ?」

「あ、そう。イドニア先生の杖も返してもらいたいんです」


 イドニアは昨日、キューから「クラスに復帰する」の代わりに「イドニアの杖を見せる」ように要求されたらしい。


 しかしキューはイドニアの取り出した杖を奪い取ると、すぐに部屋に閉じこもってしまった。それからイドニアは為すすべなく学園に戻ってきた——というのだ。


「あの杖は、先生がお父さんから託されたものらしいんです。だから、大事なもので」


 逆に言うと、イドニアはそれほど大事なものを一度手放してまで、クラスの正常化を図ったということだ。これがかなり気合の入った行為であることは僕にも分かる。クラスが機能していないことに、彼女はなんだかんだ責任を感じていたのかもしれない。


「ああ、あの杖? アレは借金のカタにしましたわ」

「「え?」」


 僕とノルンが呆気に取られるのを見て、キューはおっほっほと笑った。


「聞こえませんでした? で、す、か、ら、借金返済の猶予にしましたわ。利子の返済をアレでなんと半年も待ってくれるらしいんですわ! いやあ、あの人は珍しく尊敬させる先生ですわね。なんつったってこんなにも生徒の役に立ったんですもの! ハッハッハー!」


「キューたん、それはちょっと——」

「百歩譲ってその行為を認めるとして、それならクラスに顔を出すのが筋じゃないですか?」


 僕が言うのに、ノルンがうんうんと力強く頷いている。しかしキューはヒヒッと笑い——。


「劣等は搾取されるのがお似合いでっせ。騙される方が悪いんですわ」


 そう言い捨てて、素早くドアを閉めたのだった。少しの間、呆然とする。


「こ……これは中々の問題児だね。イドニア先生なんか嫌われるようなことしたの?」

「え? いや何もしてないよ。別にキューたんはイドニア先生が気に入らないから来なくなったってわけじゃないらしいし。アットマさんも多分そう。あんま覚えてないけど」


 ——そうか……。だとすると、先生にはかなり同情できるな……。


「ともかく、これはどうしよう。無理やり連れだそうか」

「イドニア先生の杖の話を聞くためにね!」

「そのためにもだし、チーム戦での戦力にも期待したいからね」


「それに関しては心配いらないんじゃないの? オズきゅんめっちゃ強いじゃん」

「お姉ちゃんがやられちゃったときのことを考えたら、体液摂取のために数はいた方が良いと思うんだ」

「なるほど……?」


 ノルンは不意に頭を押さえてぶつぶつと何かを呟き始めた。


「え? オズきゅんってキスできるなら誰でもいいってこと? は? おいおい脳が——」


 ——しまった。やった。どうしよう。あ……後のことは後で考えよ……。


 ノブに手をかけ、開けようとドアを引いた——のだが。


「あれ、開かない」


 扉はビクともしない。鍵の遊びを僅かに前後させるというようなことすらできない。ノルンに振り返ると、頷きを返された。彼女はこのドアがもう開かないと分かっていたようだ。


「これは……物理的に開かない感じじゃないね。扉に何らかの魔法がかかってるの?」


 ノルンが扉へ向けて魔法phoneをかざす。魔法の反応を見るアプリだろう。


「扉じゃなくて——」


 続けて僕にかざす。携帯がぷにっと間抜けな音を出した。反応アリ、らしい。


「私たちにかかってるんだね」

「なんだろう、〝呪い〟とか?」

「そ。キューたんの得意技は〝呪詛返し〟。学園でもトップクラスの練度なんじゃないかな」


 僕は首をひねった。


「呪詛返し——呪いを跳ね返す魔法ってことだよね。それは分かったけど、今の僕たちが扉を開けられないのには関係ないよね」

「ううん、私たちは間違いなく呪詛返しに遭ってるよ。キューたんは自分の血に刻まれた呪いを常に周囲に跳ね返し続けてるんだ。私たちは今、その影響を受けてる」


 血に刻まれた呪い。そんなの滅多に聞いたことがない。


「産まれながらに呪われてるってこと!? そんなことがあり得るの!?」

「そりゃキューたんにはたくさんの呪いがかかってるよ。なんてったって吸血鬼だからね」

「吸血鬼——!?」


 脳内で物事が繋がった。


「つ、つまり僕たちがこの扉を開けないのは——」

「そう。私たちに跳ね返ってきた吸血鬼の呪いとは——」

「『招かれていない部屋に入ることができない』!?」


 扉越しにキューの声が聞こえてきた。


「せいぜい無駄な努力をするがいいですわ劣等人種どもが!! ぶわっはっはっはー!!」


 どうやらキュー・ヴァンピィという女子も、ノルンに負けず劣らずの曲者らしい。

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