第9話 ギャンブルの時間ですわ

「はい開いた。お邪魔しまーす」

「おおー、オズきゅん凄い。キューたんの部屋来るの久しぶりだなー」

「おっほっほ。劣等人種のアホどもの喚き声をツマミに飲む酒は上手いですわ——」


 座敷に胡坐をかいてトマトビールを呷っていたキューと目が合った。


「——は?」


 彼女は驚愕に目を見開いていく。


「ごめん、僕の〝魔法反射衣リフレクローク〟の方が君の〝呪詛返し〟よりクオリティが高かったみたい。返された呪いをまた反射したよ」


 〝魔法反射衣〟。不可視のローブを羽織る魔法である。効果は読んで字のごとく。

 僕は世界中の人に恨まれている。だから、人に呪われて死なないよう、自分を守る魔法を洗練させるのはライフワークみたいなものだった。

 キューは慌てた様子で立ち上がる。狼狽した様子ながら、しかし笑って強がる。


「なっ……そ、そんなわけありませんわ。私の振りまく呪いにはイドニア先生すら抗えなかったんですのよ。ノルンはんのゴーレム如きが——」

「試してみればいいじゃん」


 僕の挑発を受けてキューの目付きに力が入った。


 ——おっ、喧嘩できそう。いいねいいね!


 トマトビールの瓶を蹴り上げ横振りの手刀で割る。飛び散るはずの赤い液体は空気中に留まり、魔法陣を形作っていった。


「一位の精霊よ。クリムゾン、マホガニー、レッド・ヴェルヴェットの昼下がり。煙立つ街に夕日は赤く。象るのは循環。彩るのは黄昏。語るのは血潮の主」

「〝魔法反射衣〟」

「この魔法の名前は——〝身体強化アッパーイコール〟」


 魔法陣の収縮と同時にキューの身体にカーテンのようにしてかかった赤い魔力は、先んじて僕がキューに張った〝魔法反射衣〟に弾かれて霧散してしまった。


「なっ……詠唱破棄!?」


 キューは目を見開いて自分の両手を呆然と眺めている。


「どう? 君の〝呪詛返し〟と僕の〝魔法反射衣〟は同じ性質のものだと思うけど、どちらの方が練度の高いものか分かる? 分からないかな?」

「——フン! じゃあ逃げるまでですわ!」


 キューは窓から飛び出していった。

 バサバサと羽音が響く。窓際に寄って見上げれば、太陽を背に巨大な蝙蝠が飛んでいる。


「あー逃げちゃうんだ……残念。それはもう撃ち落とすだけだよ。はい」


 悠々と飛んでいた蝙蝠が大爆発に飲み込まれた。黒焦げになってくるくると落下する。


「おおー。流石、私のオズきゅんだね!」

「うん! お姉ちゃんにちゅーしてもらったおかげで頑張れた!」


 上目遣いで可愛く見せる。頑張って目元もキュルンとさせる。


「——? ——!!? オズきゅんが……私にデレた……!!?」


 ——よし。いい感じにポイントを稼いだぞ。これでご機嫌を回復——。


「解釈が違うぅっ……!」


 ——できてなさそう。あれ~? なんで~?





 アパートの裏には、蝙蝠を人にしたモノが落ちていた。〝呪詛返し〟も剝がれてしまっているのだろう、吸血鬼の呪いに晒されて、身体が外からじりじりと焦げ散っていっている。


「劣等……如き、が……」

「ま、まだその態度なんだね。ガッツあるね。じゃあ回復魔法は要らない?」


 キューは歯を鳴らして屈服の声を漏らした。


「お願い……します……」





 こうして、陽の元に飛ぶ吸血鬼、キューが仲間になった。





「死ね死ね死ね死ね劣等劣等劣等劣等ゴミゴミゴミ死ね死ね死ね」


 掛布団の下からぶつぶつと呪詛が聞こえてくる。


「混血も進んでる昨今、こんなに偏った思想の吸血鬼も珍しいね」

「オズきゅん知らないの? もうしばらく純血の人らが過激な運動してるんだよ」

「へえ。じゃあキューは純血の吸血鬼なんだ」

「いや、クオーター」

「それで吸血鬼側に寄るの!?」

「死ねゴミ劣等ども。血が薄いからって吸血鬼の特性が弱まったりはせんのですわ」

「ああ確か、丸っきり吸血鬼になるか、全くならないかなんだよね」


 ノルンが手を叩く。


「ともかく! キューたんは私たちの言うことを聞くんだよね」

「じゃあやっぱりまずは、イドニア先生の杖を返してもらいたいけど」


 キューはプイッとそっぽを向いた。


「無理ですわ」

「お姉ちゃん、一緒にこの布団を引き剥がそうか」

「む、無理ったら無理ですわ!! だって私、借金まみれですのよ!!? この街では債務者としてちょっと有名なくらいですもの!! 絶対に返してもらえません!!」

「そうか、お金さえあればいいんだ」

「キューたん、お金のアテある?」

「あったら金借りてませんわ——よ。いや、まあ——」


 キューは何かに思い至ったようだ。


「チーム戦の闇賭博で大勝ちすれば——全てチャラにできるかもしれませんわね」


 キューは生徒間の闇賭博に詳しく、その魔法サイトを何度も利用しており、勝手にも通じているようだった。あっと言う間に魔法payをネットワーク上のチップに変換できる。


「賭博とは数を重ねれば確率が収束するもの。上振れを狙うならば最初に全てを賭けるしかありません。とはいえオッズが高くなければ、一発で全額返済——とはいきませんわ」

「つまり——かなり多くの人間が賭けていて、かつ、多くの人が外した賭けに——勝利しなければならないってことだね」

「全く注目されていないチームが大きな相手を打ち破る——」


 僕とノルンは顔を見合わせた。


「それって——」

「オズきゅんならできるじゃん!」





 話を纏めると、僕たちが相当順位の高いチームと戦うときに、自らのチームの勝利に賭ければ、大量のお金が手に入って、きっとイドニア先生の杖も取り返せるという話だった。

 問題は相手チームとのマッチングだが、しかしこれは両チームの合意さえあれば、その二チームでの戦いになるとのこと。


「じゃあイドちゃん先生に頼んで、上の方のチームの担当教師に掛け合ってもらおっか!」

「それが確実そうですわね」

「もしくは、そこのクレイトス先生にお願いしてみてもいいけど」


 振り返り、アパートの陰に目を向ける。


「なんでか知りませんけど、ずっと着けてきてますよね?」


 僕の言葉を受けて観念したのか、物陰から一人の男性が出てきた。白衣に猫背の男性、クレイトスだ。困ったようにボサボサの頭を掻いている。


「なんでバレたんですかぁ? 魔力は完全に隠蔽してたんですがぁ……」

「気配を耳で察しただけだよ」

「魔力が無いゆえの感覚器官頼りってことですかぁ……詰めが甘かったですねぇ」


 クレイトスは肩を落とした。気にせず尋ねる。


「で、クレイトスさんは上の順位のチームにツテがありますか? 協力してほしいんです」

「してくれなきゃ通報しちゃうけど! 女子高生をストーキングしてた先生がいますって!」

「通報なんてしようものならおどれの方が連行されますわ」


 クレイトスは眼鏡を直して、ニヤリと口角を上げた。


「ああ。それならきっと手間が省けて良いですよぅ。だって私が受け持つクラスの一つこそが——二百ある王国生徒チームの頂点、一位のクラスですからぁ」






◯ノルン豆知識——亜人

 身体能力に優れた種族、魔法行使に優れた種族など色々といる。あくまで人間ベースで進化の過程で枝分かれしたのだろうとされるもの、あるいは大昔に魔法的な改造が施されたのであろう種族に限り、亜人と呼ぶ。精霊の淀みで発生する妖精などは亜人とは呼ばない。

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