第10話 三人で臨むチーム戦

 次の日曜日。キューはちゃんと教室にやってきた。

 長い白髪は派手なツインテールに結んでキャップを被る。僅かに尖った耳。真っ白な肌にアイラインの効いた紅い瞳が浮かび上がっている。手首まで覆うインナーは薄い素材。

 得意げな表情が初めてもっともらしく見えた。


「キューたんキューティクルすっご。一週間でどうやってここまで戻したの?」

「人種が違うんですわ。生え代わりですわね」

「つまんないウソつかないで?」

「つまっ!? そ、そんな……必死にオイルをペタペタしてきただけですわよ……」


 教卓に立つイドニアがジトリと重たい目線を向ける。キューは目を泳がせた。


「ああ~、お、お久しぶりですわね、イドニア先生……」

「……はあ。まあいいです。じゃあ行きましょうか、チーム戦の舞台に」

「あれ? えっとイドニア先生、その、アットマさんは?」


 三人目の生徒、アットマにはイドニアが掛け合ってくるという話だったのだが。

 しかしイドニアは鼻で笑って目を逸らしてしまった。またダメだったというのか。


「言ったんなゴーレムはん。アットマの相手なんぞ誰にだって無理でっせ。あらマジモンの厄介女。頭ぶっ飛んどる異常者なんですわ」


 キューは頭の横で手をパッと開いて見せた。舌を出して馬鹿にした表情。


「あ、そ、そう……」


 ——この子、人を見下すとなるとめちゃくちゃ訛りが出るな……!





**





 こちらは一位チームのクラス、最先端中の最先端の教室。弾性のある樹脂素材とクッションを合わせた最先端の椅子が置かれている。クレイトスと生徒が三人。

 白板には、オズが先週に披露した爆発魔法の映像が映されていた。

 教室の前方、クレイトスの傍に立つ短髪の男子——トーキーは簡潔に感想を述べる。


「古典的な爆発魔法ですが凄い規模だ。あんなに若いのに、信じられません」

「アレはぁ……ゴーレムだそうです。そう言い張っていますぅ」


 席の最前列、海賊帽を被った女子——テュポーンが眼帯に手をやった。


「フフ……なるほどね。つまり彼は長い年月をかけて作られた魔道人形。無尽蔵の魔力の持ち主ということだ」

「いいえ。数値で表すなら『3』くらいでしたよぅ」

「フフ……クレイトス氏、冗談はよしてくれたまえ。三千の間違いだよね?」


 席の最後列、ガラの悪そうな女生徒——ルルキスが机の上で足を組みなおした。


「じゃあコイツはなにもんだってんだよクレ公」

「それをあなたたちに調べてもらいたい。これはアカラ様からの命令ですからぁ」


 アカラの名前が挙がったのに、それぞれ少し背筋を伸ばした。


「あなたたちは全力をもってこの少年の正体を明らかにしてくださぁい。どうにかこうにか彼の全力を引き出しなさい。そして、この少年がかの大賢者であることを暴くのですぅ」

「ああん? あんな大賢者いねえだ——ろ」


 ハッ、と。生徒らはそれぞれ同時に、クレイトスが匂わせた内容を察した。


 ——と、となると!?

 ——私たちが戦うことになるのは。

 ——「世界で最も人を殺した賢者」か……!!


 クレイトスはふうと息をつくと、生徒らを煽るようにして笑いかけた。


「とはいえ、相手は隠居した老人ですから? 今時の魔法を見せてやりましょうかぁ」





**





 入場ゲートに来た僕と二人。その入り口には青色のもやがかかっていた。


「あれ、これ転送門だよね。先週はなかったけど」


 これは転送門。霧を越えると、別の場所に飛ばされているという代物だ。ここにわざわざ張ってあるということは、会場が別の場所になるか、あるいはそれぞれが別の会場に飛ばされる可能性がある。


「規模の大きな戦闘が予想されるときは、いくつかの会場に一人か二人ずつ飛ばされることがあるんだ。と、はいえ——王国サイドの試合ではあまりないことだけど」

「そこなゴーレムのことがバレとるんかしら。オッズ確認しときますか。……いえ、心配いりませんわ。こっちはただ勝つだけでも十倍以上のお金が戻ってきます」

「なら分からないね。考えても仕方ないか。そろそろ時間だし——」


 僕がノルンの方を見ると、今日はあちらから唇を奪われた。


「ん!?」

「ん~~♡」

「え、なに? 突然なにしてはんのおどれら」


 キューがドン引きしている。かなりしつこくねぶられてから、やっと解放された。


「っぷは! はあ、はあ……。ど、どうしたのお姉ちゃん、いきなりだね」

「だって、別の場所で戦うことになるなら、オズきゅん他の女とキスしなきゃいけなくなるかもしれないってことでしょ?」

「え、それって私? 私これにキスされますの? なんで?」

「これで十分だよね? 他の女となんてしちゃあ絶対に許さないよ?」


 頬を指でつつかれる。冷たい汗が背中を滑っていった。


「……うん! 分かったよお姉ちゃん!」





 そうして王国一位とのチーム戦が始まった。





 転送門を潜ると、寝起きのような感覚。少なくとも僕は別の会場に飛ばされたようだ。耳を刺す歓声につい頭を抑える。目を回すものの、近くにはノルンもキューもいない。

 向こうでは海賊帽に眼帯の女子と、まつ毛の長いさっぱりした男子が、それぞれ既に杖と携帯を構えていた。


「——この魔法の名前を聞き届けたまえ——〝見張り妖精エルフィン〟」

「簡略術式に接続——〝完全監視の未来予知システム=ラプラス〟、起動」


 チョークはとっくに放られていたようで、魔法陣はもう収束するところだった。ポポポンと何十匹もの妖精が浮かび上がり、ほとんど同時に、それぞれに追加の魔法がかかる。


「えっ、そっちは二人!? というかもう——」


 ——詠唱が終わってる!? 向こうは何秒か早く転送されたってこと!?


 焦りから素早く右手をかざし、魔法陣を作ろうとしたのだが、空中に描いた魔法陣は形作られた瞬間に霧散してしまった。


「おっ……と。なるほどね?」


 どうやら周囲を飛び回っている妖精たちが何かを仕掛けたようだ。

 女子の方が自慢げに杖を振る。


「フフ……〝見張り妖精〟自体は視界を届ける程度の存在だ。しかし彼らを補助プログラムに繋ぐことで、なんと未来予測が可能になるのさ。どこにどんな魔法陣を作ろうとしているかが分かるのなら、その座標に適切な反魔法を仕掛けておくことは容易い」

「へえー、凄いね」


 男子の方はちらちら携帯を見ている。


「ええ、これであなたはもう——あれ? 次の爆発の魔法陣、一体どこに——」

「じゃあ〝爆発〟ね」


 地中に作った本命の魔法陣が収束した。フィールド一面に亀裂が走り、一斉に隆起する。防御魔法に守られた僕の直下——それ以外の全ての地面が、地下十メートル分ぶっ飛んだ。キロトンの衝撃。二人は一瞬のうちに爆炎に包まれて姿を消してしまう。


「あ、あら……。地面に遮られるだろうと思って大きめの魔法陣を作ったんだけど……大きすぎた、かもな……」


 観客席が基礎から破壊されている。観客として入っていた生徒や一般人など数百名が、悲鳴を上げながら瓦礫と共に穴へ落下していっていた。





**





 一位チーム、控室。ソファに二人の生徒が座っている。爆発が直撃する前に宮殿区の転送術式——テレポートが発動したため、二人に怪我はない。しかしどちらもポカンとして、何が起こったか受け入れるのに時間をかけていた。

 クレイトスはうなだれる。


「わざわざ二対一を作って、有利な状況で、なおこれですかぁ?」


 二人はいやいやと食い掛った。


「いや先生!? こんなの僕らの手には余りますよ!! あんなのもう無茶苦茶じゃないですか!!」

「クレイトス氏!! こんなの三人でやったって勝てやしないぞ!!?」


 クレイトスは二人の訴えを適当にいなしながら、遥か遠くに目をやった。


「観客席の防御魔法、地下にも張るようにしなきゃいけないみたいですねぇ……」





**





 バラバラと振る岩が落ち着いたとき、そこには僕一人しか立っていなかった。それどころか、周囲一帯に僕より背の高いものが無かったのだが。


「い、一応ソナーしとくか。走査魔法——地中に人の反応は——なし。よかった、みんな安全なところにテレポートされたんだね。いやー危なかった助かった。慣れないことはしない方が良いなあ」


 ともかく勝ちだ——そう思わんとしたところ、不意に嫌な予感に気付いた。


「あ、あれ……」


 魔力がもうほとんど残っていない。ゾクリと身の毛がよだつ。


「——しまった!! マズい、マズいマズいマズい! つい焦ってお姉ちゃんから貰った魔力をほとんど全部使っちゃった!!」


 全身の血の気が引いていく。早まる鼓動。


「マジの本当に大変な事態だ! お姉ちゃんが退場する前に合流しなきゃ!」


 転送門があったであろう方へ目を遣るが、そこには瓦礫の山しかない。


「……あれ? あれあれ!? じゃあどうやっ——もしかしてこれ僕、走ってかなきゃいけないの!? ど、どこ!? もともと僕がいた会場はどこなのー!!?」

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