第7話 最先端の学園の最先端なところ

 休日の研究教室にて。


「先生! これが先週の課題です!」

「はい見ます。うん……うん。ここ何してるのか説明してくれる?」

「え? えーっと、えー……あ、窓の外に未確認飛行物体!」

「説明してもらえます?」

「飛んでたんだって! ホント!」


 ノルンがイドニアからあれやこれやと指摘を受けていた。

 僕はというと傍の席にちょこんと座ってその様子を眺めている。


 ——今さっき窓の外を飛んでた円盤はどういう最先端なんだろうか……。


 イドニアはノルンにかなり譲歩した教え方をするようになった。ゴーレムも研究成果と認めてくれるようになったのだ。とはいえイドニアが以前からそうするよう主張していたように、他の魔法系統の研究も課されている。比率でいうと三対七くらい。

 しかしノルンはこの現状で満足なようだった。





「さて」


 席に着くノルンと、その膝の上に捕まった僕を、教卓に立つイドニアが見下ろしている。


「ノルンさんが通うようになってくれたなら、クラスの環境を良くしていかなければならないのは、私の責任だと思います」

「え、なんで? 私はここでいいけどなあ」

「いいえ。ノルンさんほどの素晴らしい生徒にこんな環境は許せません。私にも教師としての自覚が生まれたということです」


 ——絶対ウソだ……。


「絶対ウソだよ……」


 ——お姉ちゃんとシンクロしちゃった……。


 とはいえこの教室は風は吹いているし虫が歩いていたりもするし、気になる人は気になるだろう。おかげさまで僕はもうその程度のことは気にならなくなってしまったのだが。


「えっと、良い教室を借りるには、どうすればいいんだろう」

「んーとね、半期ごとにある成果発表会で評価されるか——」

「それは待てないので、クラス対抗のチーム戦に挑みましょう」


 聞くところによれば、毎週末、クラス対抗の模擬戦が行われているらしい。申し込めば近い評価のチームと勝手にマッチングされて、結果次第でクラスの評価も上がるんだとか。


「じゃ、一時間後に試合なので、よろしくお願いします」

「え!? 私とオズきゅんの二人だけで!?」

「はい、じゃあ指定の宮殿に向かってくださいね、良い報告を待っています」


 挙手。


「はい。変態ゴーレムさん、どうぞ」


 ——変態ゴーレムさん!?


「え、あっ……えっと、イドニア先生は試合を見ていかれないんですか?」

「そんな無駄な事をしていられるほど暇ではありません。けれどその間、一応、このクラスのためになることはしますよ。他の二人の生徒に声をかけにいこうかと」

「え! それってキューたんとアットマさんのことですか!?」


 話の流れから察するに、この教室の空席を埋める残り二人のようだ。


「アットマさんは消息を掴むところからですが……キューさんは掛け合えば来てくれるかもしれませんしね」


 ——消息が不明な子がいるのこのクラス!?





**





 チーム戦の行われる区画、宮殿区。いくつもの石造りの建物が立ち並んでいる。その全てがチーム戦の会場らしい。

 週末の宮殿区にはかなりの人がいた。「どこが勝つと思う?」「俺はあっちに賭けるぜ」と、まるでスポーツ観戦にも似た雰囲気である。


「おおー! なんか楽しい気分になってくるや! 模擬戦、盛り上がってるんだね!」

「うん、もはや興行だね。最上位クラスの試合はチケット買うのも至難の業だよ」

「え、それってもしかして学園が金とってる?」

「そりゃあ当然! こういうところも最先端だよねー!」

「何が!? 学校経営の最先端が!? 生徒を見せものにすることだったの!?」





 楕円形で観客席に囲まれている石造りの施設。観客席そのものはかなり広いが、観客自体はぽつぽつといるくらいだ。泡沫クラスのチーム戦はこんなもんらしい。


「いくぞ!! 合体魔法!! 金色の不死鳥!!!」

「はい爆発」

「ぐわああああああ」


 相手四人を一撃に吹き飛ばして勝利。簡単な試合だった。二人でいえーいとハイタッチ。


「これを毎週かあ。あと何回くらい勝ったらいいんだろう」

「何週間もかかるだろうね。——それより! ほら実はチケットあるんだ、なんと学園一位の試合だよ!? 見に行きたいよね?」

「え!? それは見てみたいかも!」

「よっしゃ! デートだあ!!」

「あ、ああ……そっかそうだね……」





**





 二人が後にした会場の観客席にて。クレイトスが赤ん坊を抱いている。


「アカラ様、どうでしょうかぁ。まさかゴーレムだとは思いませんが」


 彼の腕に抱かれる小さな存在は、おしゃぶりをちゅぱりながら難しい顔をする。


「結局、どうなんでちゅかね……まだ分からないでちゅ。分身とか他人が化けてるとかの可能性も——あ、哺乳瓶くだちゃい」

「あ、はい」


 赤ん坊はクレイトスの脚の上に体を起こした。哺乳瓶を受け取る。


「ごくごく……ぷはぁっ! いやあやっぱ最先端の魔法乳はキマりまちゅね」

「年季の入った飲みっぷりですねぇ」

「殺しまちゅよ」

「ひっ……」


 赤ん坊——学園長アカラはオズミックの後ろ姿を指差した。


「じゃあ、クレイトス。アレの尾行を命じまちゅ」

「え? あの、アカラ様ぁ? 私には私の研究があって——」

「ごちゃごちゃ言わずやれ。殺しまちゅよ」

「ぱ、パワハラだっ! 労基、労基はどこですかぁっ!」

「ばぶ。これが職場の最先端でちゅ」





**





 僕とノルンは一位と二位のチーム戦を観戦しに来ていた。

 観客席には人がひしめいていた。熱狂も凄く、みな足元なんて気にしていない。この小さな体では圧死すらありうる。


「た、助けてノルン!」

「ねえなんて? まだ教育が足りないのかな」

「あっ、す、すみません、お姉ちゃん。お姉ちゃん! お助け下さいお姉ちゃん!!」

「はーい♡ そいやあっ」


 ノルンに掴み上げられたと思うと、次には肩車してもらっていた。


「あ、ありがとう」

「ああ、ショタを肩車するの良すぎるな……!!」


 ちんちんがしゅっと小さくなった。


「えっと、ともかく……み、見てようかな……」


 会場の生徒は既に両チーム一人ずつになっていた。

 さっき知ったところだが、戦闘不能になった生徒は会場からいなくなる仕組みらしい。宮殿区の術式によって、強制的に控室にテレポートさせられるのだ。大層な魔法である。

 残った二人はどちらも東洋風の宮廷服のような恰好をしていた。片や杖の代わりに鉄扇を構え、片や全長十メートルはありそうな細長い竜に騎乗している。


「あれ? 東洋の生徒がトップなんだ。というか東洋の生徒っているんだね」

「帝国から来てる子たちだね。普段は制服だから目立たないけど、十人に一人くらいはいるかな」


 竜が牙を構えて正面から襲い掛かる。しかし鉄扇のひと振りを受けると、その身体は鼻から尻尾までバラバラに切断されてしまった。激しい歓声が巻き起こる。

 竜側の生徒は地面に落下しながらも霊札を放って足元に魔法陣を描いた。陣から浮かび上がるようにして巨大な白い虎が現れる。再び騎乗して鉄扇の生徒を襲いにいく。


「わあ、凄いね! 学生とは思えない規模の魔法戦だ。実際の戦争みたい!」

「そりゃあ? 戦争みたいなものではあるよね」

「ん? どういうこと?」

「だって、この学園で一番強いから——魔法技術でトップを走っているからこそ、帝国は他国に戦争を仕掛けてるわけだし。ある意味、戦争みたいなものだよ」


 聞けば、東の帝国こそが、現在世界で最も積極的に侵略戦争を行っている国らしい。そして誰も、それに異を唱えることができないでいる。

 それはこの学園においても同じ。どの国の生徒も帝国の生徒に勝てない。つまり帝国の魔法技術が世界で最も優れていることが証明されている。これこそが、帝国に侵略を選ばせている大きな理由の一つだというのだ。


「なっ、じゃあこのチーム戦の結果で、戦争の起こる起こらないが決まってるってこと!?」

「そう。何度も言われてるけど、この学園は最先端。最先端ってのは、新しいって意味じゃないよ。最も前方であるということ。槍の穂先、最前線」


 ノルンの何でもない口調から、それが当然の常識であることが痛いくらいに伝わった。


「魔法学園フレニアロサイト。ここは『世界の戦争の最先端』なんだ」





 観戦を終えた夕方、手を繋いでの帰り道。僕はノルンに尋ねた。


「ねえ。ってことはさ。帝国以外の国の生徒で構成されたクラスがチーム戦で一位になったら、戦争は終わるのかな」

「終わりはしないだろうけど……間違いなく鈍化するはずだね」

「そっか」


 僕は新しい人生を始めたけど、前の人生の責任も取れるなら取りたいと思っていた。そうすることが、きっと前の人生とは違う結果をもたらすと思うからだ。

 僕は前世で考えなしに爆発魔法を普及させて、戦争でたくさんの人を殺してしまった。

 ならばこれは、お誂え向きな機会だろう。


 ——埋め合わせにはならないかもしれないけど、目指してみてもいいかもしれないな。


「オズきゅん、難しい顔してるね。もしかして戦争を止めたいとか思ってる?」

「え? なんで分かるの? 読心魔法使えたっけ」


 僕が尋ねるのに、ノルンは珍しく柔らかい微笑みを浮かべた。


「もう二か月くらい一緒に暮らしてるんだから、顔見れば分かんないことないよ」

「……なるほど」


 言われてみれば確かに、僕もノルンの表情や態度から何を考えているかある程度想像がつくようになっている。忙しない毎日のおかげで、そうなっていると気付く暇すらなかった。


「そっか。僕たち仲良くなってたんだね」


 前世ではあまり無かった感覚だ。真人間に近付いてきているということだろうか。特にそうなりたいと思っていたわけでもないのだが、悪い気分ということもない。


「ね、私が創ったとは思えないくらいに、いい子。アカラ様に自慢したいな」

「あ、そうだ忘れてた。アカラに挨拶に行かなきゃ——」

「あ。あれ見て、先生だよ」


 指差した方を見れば、確かにイドニアがふらふらと歩いている。


「先生、せんせー!」

「ん……? ああ、ノルンさんと変態ゴーレム」

「どうでした? 収穫ありました?」


 イドニアはうなだれているようだった。肩にかけている上着も心なしかしょぼんとしているように見える。


「はは」


 乾いた笑いから入ってくる。生徒への働きかけは上手くいかなかったらしい。


「門前払いでした。し、しかも私、杖を取られちゃった。ああ、これだから教職ってヤなのよ。学者がガキのお守りなんてせず研究に専念できる時代が早く来ないかしら……」


 僕らはガクリとうなだれるイドニアに憐みと軽蔑の目を向けた。

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