第6話 イドニア先生との決闘未満

 僕はというと、苦笑いを浮かべていた。イドニアのあまりにも嫌味な弁論術に。

 反論を先回りし有無も言わせぬ怒涛の正論で封殺。

 ノルンはもうすっかり萎縮してしまっている。意見する隙が無いのだから当然だ。


 ——これは、先生が正しいことを言ってたって聞き入れられないんじゃないかな……。


 古い記憶が思い返される。僕も昔、弟子を取っていた頃があった。

 かつての僕が教え子に言っていたことというと——。


「どうして週七日通わないの?」

「何回教えたらわかるの? やる気が無いなら辞めたらいいのに」

「これに三日かけた? 三分の間違いじゃなくて?」


 僕の過去の発言に比べたら、イドニアのなんてよっぽど優しい。

 しかしノルンの態度を見るに、やはりイドニアですら学生からしたら相当キツイようだ。感性が若返ったのもあって、ぼんやりながらも気付くことが出来た。





 僕は自分の過去の反省を踏まえて、イドニアに助言することにした。


「大人げないですよ」

「……はい? なんですって」


 ——こういうときはきっと下手からがいいよね。


「えっと、お言葉なんですけど……大人げないと思います。相手はまだ学生だし、もうちょっと手加減してあげないと。若い芽は潰しちゃいけませんよ」

「え、え? あなた、どういう視点でお話してるの? 年上? どういう設定??」


「それに、僕はイドニアさんのさっきの発言に、ちょっと違うところがあると思います。僕は——何の役に立つか分からなくても、好きなことを研究していたら、ひょんなところから意外と役立つ結果に繋がることはある——と思います。それが、イノベーションってやつなのではないですか?」


 イドニアはコーヒーのカップを置いて目を細めた。


「それは稀有な例、博打よ。ゴーレムくんにこんなこと言っても仕方ないでしょうけど……この子はいい家の娘さんで、しかも結構才能があるのよ。それを無駄遣いさせるくらいなら、少々強い言葉を使ってでも矯正した方が良いわ」


「家系というなら、彼女の遠縁のオズミックさんこそ、好きなことが結果に繋がった例じゃないですか。彼は当時もう研究する余地はないと言われていた〝星〟の魔法に没頭する中で、新たな魔法系統、〝爆発〟を確立したんです」


「有名なエピソードね。でも彼は社会的な立ち回りを誤って失墜したじゃない。引き合いに出すには悪かったわね」

「今現在立ち回りを誤って生徒の才能を潰しているのはあなたの方なのに?」


 イドニアがガタッと椅子を鳴らす。


「なっ、なんですって?」


 ——あれ。ちょっと伝わりづらかっただろうか。


「えっと、だから……あなたの言い方が悪いから生徒に聞き入れられてない。それが現状ですよね。それどころかみんな出席しなくなって、クラスの評価もかなり悪くなってる。これはあまりいい状況じゃないはずです」

「はあ? それは私じゃなくて生徒の問題——」

「となるときっとあなたは、オズミックさんと同様に他人のことを慮るのが苦手で、きっと人間関係なんかも上手くいってないんじゃないですか?」


「は……はあ!?」

「オズミックさんと似た点があるとなると、イドニアさんもどこかでしくじる可能性は高いですよ。彼は家族も恋人も友人も失ったんですから、あなただってそうなるかもしれません」


「はっ、はあー? な、ななな、何を言ってるのか、ぜんぜ、ぜ、全然わからないわね」

「できるだけ平易な言葉を選んだつもりでしたが、まだ伝わらないですかね……」

「なっ——!!?」


 ノルンが僕の腰を引き寄せて耳元で囁く。


「ちょ、ちょっとオズきゅん、嬉しいけど、その辺にしとかないと」

「え、なんで?」

「だってほら、先生めっちゃ怒ってるじゃん!!」


 ——えっ。


 改めてイドニアの顔をよく見ると、彼女は青筋を浮かべて目つきを険しくしていた。


 ——あ、あれ!? なんで!?


 こちらも囁き声で、慌てて尋ねる。


「なんで怒らせちゃったの!? 初めにちゃんと『お言葉ですが』とか言って下手に出たのに!」

「『お言葉ですが』は実質的には下手に出てないけど!? オズきゅんは一体何を言ってんの!!?」


 ——そうなの!? 勉強不足だった……。だとしたらまずい、相手の感情を逆撫でるのは本意じゃない。


「僕の言葉で怒っちゃったんですか!? す、すみません、謝ります。ただ本当にさっきのは、あなたのためを思っての助言だったんです!」


 イドニアの眼が驚きに見開かれる。


「——は」


 ノルンが小さく拍手した。


「お、おおぉ。綺麗に意趣返しが決まったね」

「え」

「ほら、『あなたのためを思って』って」


 イドニアは鼻で笑いながら立ち上がった。


「はいはい、上手く言い返せてよかったですね。すごいすごい。でも私たちは魔法使いですから? 結局は実力が全てですから。悪かったですね!」


 四角に折り目の付いたハンカチを僕の手元に投げつける。


 ——えっ、あ。


 彼女は笑顔のまま、右手を強く握って震わせていた。


「言って分からないなら、壊してあげます。そのゴーレム」





 魔法探求の世界では決闘が推奨されている。ハンカチを投げつけるのが合図だ。


 魔法使いは決闘が好きだ。魔法を撃つのはただでさえストレス発散になるので、それをムカつく相手に撃てる口実があるとなれば、それはもうノリノリである。ゆえに、魔法使いが集まる場では珍しいことではない。


 カフェの前の通りにて、イドニアと相対する。野次馬がまばらに集まってきていた。


「えー……立会人はこの私ぃ、偶然通りかかっただけのしがない大賢者——クレイトス・ブラックが務めさせていただきますねぇ……」


 立ち会うのは猫背で眼鏡な魔法使いクレイトス。くたびれた様子のおじさんだ。歳は四十くらいか。こちらも肩書きの割にかなり若いし、流石に優秀な人間の揃った学園である。


「では両者とも、自分の努力の結晶、自慢の技術の数々を存分に披露してくださいぃ。相手に負けを認めさせるか私が止めるまで思う存分やりあってくださいねぇ。ではいきますよぅ。——初めっ」


 イドニアは腕を組んだまま、右手に握った杖をちょいちょいと振り始めた。


「三位の精霊よ。ミトラに住まう精霊よ。密運ぶメリッサの精霊よ」


 彼女の目前の空中に、黄色い魔法陣が描かれていく。


「具象する精殿、キハダ織りし数珠、伸びる管束は是なる統にて」


 イドニアの前方に魔法陣が浮かび上がった。大きさはそれほどでもないが、内部に描かれた記号や文様は非常にキメ細かく、それでいて絡まらずに整然としていた。まるでゲーム盤の目かテニスラケットのようだ。


「わ、流石に先生、凄い綺麗に整頓された魔法陣だね。チョークも無しだし」

「ねー。あんなに多重構造の魔法陣、普通はスパゲッティみたいになっちゃうよねえ」

「この魔法の名前は——〝桜吹雪〟」


 魔法陣が収縮すると同時に、桜色の花弁が無数に舞った。頭上からはらりと落ちて来る。


「えーっ? すっごく綺麗」


 ノルンが一つを手に取る。触れた右手が、花弁の束になってばさりと落ちていった。手首から放水のような勢いで血が噴き出す。


「「!!?」」


 ノルンは激痛に言葉を失いただ地面を睨んでいる。


「なっ——イドニア先生!? 学生相手に殺傷力が高すぎやしない!?」


 僕が声を上げるのに、イドニアはまた鼻で笑った。


「あら。私はゴーレムくんしか狙っていませんよ。ノルンさんが勝手に触れただけです」

「なっ!? 流石にそんな道理——」


 慌ててクレイトスの方に目を遣れば、彼は首を傾げて見せたのだった。


「止めたらあなた方の負けになりますよぅ。それでいいですか?」


 ふと胸に湧いたのは不快感。


「ふーん、そうなんだ。この学園、本当に実力主義なんだね」

「その通り、さあ、さよならですゴーレムくん」


 イドニアが僕に杖を向ければ、温い風が吹いて周囲の花弁が僕の元へ流れて来る。


「お、オズきゅん……」

「大丈夫。血、ちょっともらうね」


 僕は足元に広がった血だまりに指をつけて、それをしゃぶった。


「〝爆ぜろ〟」


 周囲に舞っていた三百五十二枚の花弁、その全てが爆発する。


「——は?」


 イドニアは勝ち誇ったままの表情で間抜けな声をこぼした。

 僕は続けて回復の魔法陣を作ってノルンへ向ける。出血はすぐに止まり、次第にもちもちっと右手が生えてくる。


「えっうそ治っちゃった。今のこれオズきゅんがやったの?」


 イドニアの表情に、やっと驚きが追いついた。


「——なっ!!? そんな芸当、回復魔法の専門家じゃなきゃあ——!!」

「そうだよ。僕はそれだけ回復魔法を極めてる。ただそれだけのこと」


 拳銃を模した形でイドニアのことを指差す。僅かに銃口を逸らして。


「バンッ」


 イドニアの頭のすぐ横で爆発が起こった。少し遅れて、耳からダラリと出血する。


「そこまで、勝負あり。学生とゴーレムの勝ちですぅ」


 イドニアは愕然と崩れ落ちる。僕はぱっぱっと手を払いながら、彼女を見下ろした。


「さっきの発言、撤回しますよ。僕の方が大人げなかったですね。イドニア先生」





**





 ——少しだけ凄まじいものを見てしまいましたねぇ。


 立会人クレイトスの前で、オズがノルンに高い高いされている。


 ——やはり彼は……。学園長に報告しなくちゃあいけませんねぇ……。





◯ノルンのノート——魔法使いのキャリア

 魔法使いの階級の認定は魔法特許局に委ねられている。認定基準は提出された魔法論文の内容もしくは社会での魔法役立ての功績による。ある程度の成果が認められると准賢者となり、そこから更に経歴を積めば賢者と認められる。ここが一般的なキャリアのゴールになる。


 その上には大賢者という肩書きもあるが、これの認定には先の基準は適応されない。大賢者になることを望むなら、現役の大賢者との決闘に勝利する必要がある。この決闘の際には、他の大賢者の立ち合いも必要とされる。


 大賢者は現在七人おり、そのうちの二人が魔法学園フレニアロサイトに在籍している。

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