4章 最先端のコミュニケーションツール(アットマ編)

第18話 最先端のチェーンメール

『ふわーあ。朝早いですわね眷属。携帯で連絡なんて珍しい。どうかしました?』

「ごめん、キュー、風邪薬買ってきてくれない? お姉ちゃんが熱出しちゃって」





 一時間後、キューが女子寮にやってきた。日傘を仕舞いながら入ってくる。


「うっ……お。相変わらずきったねえ部屋ですわね」

「こう、上手く本を踏んでこっちまで来て~」

「本のことをなんだと思ってますの?」

「裁縫の針山が落ちてることがあるから、確かな足場以外は踏んじゃダメだよー」

「そういう地獄か?」


 僕がノルンに薬を飲ませる後ろから、キューがノルンの額に触れる。


「あら凄い熱。バカは風邪引かないっていいますけれど。まあ最近冷えますものね」

「ば、バカじゃないよ~……うー……」

「お腹出して寝てたとかもないんだけどなあ。いつも僕と抱き合って寝てるから」

「抱き合ってはんの? 毎日??」





 寮の厨房にてスープを作る。キャップを脱いだキューはポニーテール。厨房仕草が様になっているので、元より家庭的なタイプらしい。僕も椅子を持ってきて鍋を回す。


「そういえば、キューは僕のことを眷属と呼ぶけど、ノルンとの関係にはそんなに気分を害してないように見えるね。もし逆ならノルンは大変なことになってるよ」

「確かに最初はジェラシーってましたけど、考えてみれば私はノルンはんの十倍くらいの寿命がありますし、焦るのも上位種族の名折れってもんですわ。寛大な心を持ってこその主です」


「ノルンが死ぬまで待つってこと? それは僕も死んじゃうけど」

「本気で眷属にするつもりで血約を交わしたなら、オズも吸血鬼並みの寿命になれますわよ」

「そう……か。そうなんだね」


 ——吸血鬼の眷属になって寿命を延ばすのはセーフなんだよなあ。


「不安ですの? そうですわね、聞くところによれば眷属は、主人に逆らえなくなるとか、吸血鬼の弱点を共有するとかの制限があるそうですわ。それが嫌なら——」

「あっ、いや。そんなことはないよ。ちょっと考え込んでて。別件だから気にしないで」


 ——魔法的な延命には、一定のペナルティが伴わなければならないのか……?


「何かお悩みが? 私で良ければ聞きますわよ」


 寿命の件——僕の真実はまだ言い辛い。とはいえせっかくのキューの厚意をあしらうのも悪い気がする。寿命の件の代わりに何か別の悩みはなかっただろうか、と考える。


「——そういえば、アットマさん。アットマさんが教室に来ない理由、知ってる?」


 僕はイドニアから相談された件を思い出した。

 キューは複雑そうに目を細めた。何か思い返している様子だ。


「アットマ……ね。彼女が教室に来ないのは、私に会いたくないからですわ」

「……え?」


 想定していたよりもずっと明瞭で、同時に新たな疑問を浮かばせる回答が返ってきた。


「喧嘩——というには私から一方的にけしかけたんですけれど。キレて怒ってしまって。だから彼女は来なくなったんですわ。私はこれを悪いことをしてしまったと思っています。だからこそ、彼女が教室に再び来やすいよう、私は教室に行かなくなったんですわ。とはいえいくら待っても彼女がまた現れることはありませんでしたけれど」


 アットマが来ない件だけではなく、キュー自身が教室に来なくなってしまった理由まで。二人に何があったというのか。


「チッ。アイツのために丁寧な口調に変えまでしたのに。無駄骨でしたわね。はーあ。もう馴染んじゃいましたわよ……?」


 宙を見上げる様子の彼女が問いかけた相手は、間違いなくまだ見ぬアットマさんだ。一度は舌打ちを見せたというのに、彼女が今浮かべているのは、心配するような表情だった。


 ——怒り……憂い? どういう感情なの……?


「そ、それって——アットマさんと何があったのかって、聞いて、いいのかな」

「いいですけれど……後にしましょうか。もうスープが良い具合ですわ」





 部屋に戻ると、ノルンは苦しそうに唸っていた。

 ベッドに駆け寄って様子を見る。酷い汗で、熱も高くなっているようだ。


「何事だろう、解熱剤飲ませたのに。お医者さんにかかった方がいいかな——」


 振り返ると、キューは難しそうに顔をしかめていた。


「いいえ、失礼、見逃していましたわ。呪われてますわよ、その子」


 キューはベッドの傍に膝をつくと、〝呪詛返し〟を唱え始めた。


「——重い。これは、呪いを跳ねのけてもしばらく症状が残りそうですわね」


 その様子を眺めていたところ、足元のゴミの中からポコポコンと通知音が続けて鳴った。掘り返してみれば、ノルンの携帯にいくつかの通知が続けて届いたようだった。


「これ……休講連絡だ」

「ノルンはんが受けている講義の?」


 携帯を開いて連絡の中身を確認していく。


「うん。午後の講義——全部? 教授の体調不良で——」

「うそ。私の講義もですわ」


 どちらともなく駆け出し、揃って寮から通りに出た。平日の昼休みだというのに人影がない。普段なら人でごった返しているはずなのに。異様な静けさだった。

 フラフラと歩いている一人は、せき込むあまり路肩に倒れ込んだ。吐血している。


「眷属? これって、まさかこの学園全体が——」

「学園全体が呪われてるっていうの!? お姉ちゃんの被害はその一角に過ぎない……!?」





 寮の談話室でお喋りしていた女生徒に聞き込みをする。ここも昼休みならソファは埋まっているくらいなのだが、今は目の前の二人しかいない。


「あ、オズ~~!! 今日はノルン一緒じゃないの?」

「え、マジー? じゃあオズくん弄りたい放題じゃん」

「はあー。あんさんモテてはるんやなあ。私かて器の大きさに限界あるで、なあ?」

「寛大な心はどこにいったの!?」


 キューの気を逸らそうと慌てて呪いの件を尋ねる。


「呪い? ああ、それならほら、あのチェーンメールじゃない?」

「ああ、そういやそんなんもあったね。ウチはちゃんと五人に送ったよ」


 キューが「あっ」と宙を見上げる。


「そういや私のところにも来てましたわね。ただのいたずらかと思ってましたけれど——」





 件名:ReReReRe:

>ミッちゃんは誰かに思い出を盗られちゃったの。

>でも誰に盗られたのかも忘れちゃったの。

>だから、みんなの頭を覗いていくの。自分の思い出がないかって脳みそをひっくり返すの。

>このメールを受け取った、あなたの元にも。

>今晩、会いに行くね。

>あなたが泥棒じゃないなら、五人の人にこのメールを送ってね。





 二人、画面をのぞき込む。


「こ、これは——最先端の魔法だね。初めて見た」

「この学園でしかありえない魔法ですわね。メールの内容に従わなかった人間を呪う。呪いにかかるかどうかが被術者に委ねられている不確定性、しかも回避自体は容易——」

「——といったリスクゆえ、その分これほどに大規模な魔法になってるんだね」





 ノルンはキューに任せ、魔法コンビニに魔法補水液を買いに行くと言って外に出た。


 ——この手の魔法は門外漢だ。専門家に話を聞かなきゃ。


「神様?」

『や、やあ……ゴホッ! は、話は……ゴホッ、ゴホゴホッ……ガハッ! は、はあっ』


 腕時計からは、死にかけの病人のような声が返ってきた。


「神様!? いや神様、大丈夫!?」

『だ……大丈夫。ちょっと血を吐いただけだ』

「大丈夫じゃないじゃん! 内臓がやられてるよ!」

『あ、ああ、と、とりあ……ゴホッ。は、話は、き、聞かせ……ゴホゴホッ!!』

「吃りと咳が相まって情報量がほとんどゼロ!」

『吃音は……が、頑張って、ごほ、無くす。無くせる』


「お願い頑張って。——で、僕が神様を呼んだのは、神様こないだ『ハッキングできる』って言ってたからさ、きっと魔法ネットワークにも通じてるのかなと思って、この呪いについて聞きたいと思ったからなんだ。呪いについては——説明する必要なさそうだね」

『ああ。ボクもこのザマだからな』


 コンビニにてドリンクと消化に良さそうな食材を買う。


「で、神様はどう見る? これは、術者を倒したら解除されるタイプの呪いかな?」

だろうな。呪いは術者から独立してることも多いが、それは、恨みや怒りなどといった感情が乗った場合がほとんどだ』

「恨みや怒り——つまり復讐による呪いは『理屈』が通っているから、だね」


『流石だ。理屈に裏打ちされた魔法は強力だ。術者の魔力に頼らず存在できるかもしれないな。しかし今回の例では違う。つまり、術者を倒すという手段は有効だろう』

「よしありがとう。その辺の考え方は、古い魔法と変わらないんだ」


 寮の前まで帰ってきた。


「じゃあ僕は、これから術者を倒しに行こうかな」

『殊勝だな。いや、確か、前世の二の轍を踏まないため、人助けするという話だったか』


 少しだけ嫌な気分がした。ここまでのやり取りから考えるに、神様が僕の幻聴ではなく、時計にハッキングしてきた何者かであることは明白である。

 そしてこの人が知り合いだとは感じない。赤の他人だ。他人にそこまで知られている。


「ねえ神様、あなた誰——」

『おおおおっと、そ、そういえば、まま、前は、騙して悪かったね!』


 話を逸らされた。ついムッと唇を尖らせる。


『悪いことをしたと思ってるんだあれは。そ、そそ、そうだ! 今その埋め合わせを——』

「僕は悪いと思ってないよ。あのとき神様は、噓をついてはいなかった。だって、アカラは確かにあの道の先にいたんだ。だから、あなたは僕を騙してなんて——」

『——いいや』


 途中で遮ってきたその声は、ハッキリと、毅然としていた。少し意外な印象だった。


『ボクは君を騙した。ボクがそう判断した。君が昔、自分は騙されたわけではないと自分で決めたように。ボクも自分でそうと決めたんだ。だからあの日、ボクは君を騙したんだよ』


 神様から目が醒めるような衝撃を貰ったのは、これで二回目になる。


「——なるほど。これは——」

『客観視できたかな。自分の意固地な面倒くささを』


 なんだか分からないが笑いが零れる。


「ははっ。まさかこの歳になって、若者から示唆を与えられるだなんて」

『おっと。キミの精神年齢はもうすっかり身体に馴染んだものかと思っていたが。まだ年寄り気分なのか?』


 ——他人というには分かりすぎてるよ神様。親近感すらあるや。


「若返りジョークだよ。分かってよね、僕の神様でしょ?」


 画面の向こうから「ゴフッ」という鈍い声が聞こえた。


「大丈夫!? 血ぃ吐いた!?」

『い、いや……鼻血。興奮由来の鼻血なので、き、気にしなくていいです。大丈夫です』

「何に興奮してるの!?」

『あ、因みにメールの発信者は既に特定した。送っておこう』


 僕は神様に心の底からの感謝を告げて、部屋に戻った。





 部屋に戻ると、天井から血が滴っていた。


「いや何事!?」

「ああ、おかえりなさい」


 テーブルにキューが立っていた。右手に絵筆を持つ。左手にパレット——は無いが、左腕の出血がその役割を果たしていた。


「床に描けないから、天井に描いてますわ。魔除けですわよ」

「魔除けかあ! いやビックリしたよ。儀式殺人の現場にしか見えなかったからね」


 買い物袋を置く。


「それにしても、ノルンのために血まで使ってくれるんだ」

「これが一番慣れてますから。それに私は、ノルンはんに大きな借りがありますもの」


 そういえばそうだった。妙に献身的だなあと思っていたが、以前庇われたときのことを義理に感じていたためか。ノルンのおかげで僕とのつながりが生まれたと捉えれば、確かにその恩はキューの立場からすると凄まじいものだ。

 魔法陣を描き終えたキューは、一つ唱えてから、慎重に降りてきた。


「じゃあ行きましょう」

「どこに? あ、帰る?」

「それはもちろん、呪いの術者を倒しにですわ」


 キューは膝を曲げて僕と目線を合わせた。


「きっと私の眷属なら、倒しに行く、でしょう?」


 キューもノルンと同様に、僕の内心を見透かせるようになってきたらしい。嬉しいやら、恥ずかしいやら。


「じゃあ……行こうか。お姉ちゃんを助けよう! 一緒に着いてきて!」


 僕が手を差し出すのに、キューは僅かに頬を染めながら手を置いた。


「もちろん。一生着いていきますわ」

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