第19話 夜の吸血鬼
「わ、凄いねここ!」
港町の中華街、夕飯時のそこは賑やかだった。せいろから煙が立ち上り、店先の机で相席の男たちが盛り上がっている。特に街の明かりが壮観で、看板の漢字が様々な蛍光色に光り、視界を埋めつくしていた。
「ね、ねえ! なにあれ凄い! 星の明かりみたい!」
「魔法ネオンライトですわね。流石に世界の魔法の最先端のお膝元ですわ」
「魔法ネオンライトってなに!?」
深く入れば古い通り。並ぶ提灯で真っ赤な通路を抜けて、指定の住所に向かう。
「あれ……メールで送られてきた住所はここだな」
そこには立派な看板を構えた高級そうな飲食店があった。庇の大きな龍の像は、こちらの視線に気付くと体をくねらせ睨んでくる。ゴーレムのような魔法がかかっているらしい。
「そういえば、その術者の居場所ってのは、どうやって手に入れられましたの?」
「僕の神様がハッキングしてくれたんだ。信頼できるよ」
「ハッキング……ですって? なっ……え? それって——」
キューは訝し気に眉をひそめた。突然神様がどうとか言い出したのだ、そういう反応になるのも道理だろう。説明は面倒くさいから後に回すけれど。
「とりあえず入ってみようか」
しかし入り口近くに立っていた男性に止められた。スキンヘッドに竜の刺青。
「おっと失礼。この店は今日は貸し切りだ。他の店をあたってくれ」
「こんな高そうなお店を貸し切り!? 凄いお金持ちなんだね!」
「お、おい小僧。そんなに大きな声を出すな。ちょっと姉ちゃん、言ってやってくれ」
「ああすみません、他に行きますわ。——因みに、どなたが貸し切られてはりますの?」
流石のキューである、ただでは引き下がらないらしい。
「そんなこと言えるわけないだろ——って、あれ? お前……お前っ、キュー!?」
「え? 知り合い?」
「あ、バレてもうた。眷属? そういえばこの方、知り合いでしたわ」
キューが横に伸ばした手首には血が滲んでいた。よくわからないままに食んで血を啜る。
「取り立ての際に何度か会った仲ですのよ」
「何百回は見てるわクソが!!」
男性はドスを抜こうとして、しかしそれは叶わず、力無く地面に崩れ落ちていった。鎖骨の辺りに蝙蝠が数匹張り付いている。
「く、クソ……ジャージじゃなくて制服だから、気付くのが、遅れた……」
キューは自分のツインテールをふりふりと揺らした。ぶりっ子風。
「おっほっほ。私のこの美貌に気付かないとは、失礼なやつですわ~」
上から襲い掛かってきた龍の石像は僕が爆破した。落ち来る石の欠片は防御魔術を斜めに設置して脇へ流す。
お腹を膨らませた蝙蝠たちがフラフラと戻ってきた。キューはキャップをくるりと回してそれらを捕らえ、再び頭に被る。身体から切り離していた蝙蝠を身体に戻したのだろう。
「うーん、肉ばっか食っとる奴の味がしますわね」
「で、これはもう忍び込むとかできない感じになったけど」
「ええ、こりゃもう力押ししかありませんわねえ! 十中八九、相手はこの街のヤミ金の元締め、帝国マフィア! こりゃ大仕事になりますわよ! ああはっはっはー!!」
「そ、そう。なんか……そういうの悪くないな! 僕もテンション上がってきたー!!」
二人で奥の扉を蹴り開く。
「おらあ!! おどれら誰の許可取ってこの店で飲み食いしとんねん!!」
「おらおら! おらおらおらあ!」
円卓に着いていた数人が慌てて立ち上がる。
「誰だテメェら!? って、テメェ、キューじゃねえか!! まさか力づくで踏み倒そうってのか!?」
「え、あれ? キュー、借金は完済したんじゃ?」
「……へへ」
キューは蝙蝠の群れに姿を変えると、テーブルに蝙蝠を集めてすぐにまた人の姿を取った。驚きの表情を浮かべる人間たちを見下ろして高笑い。
「ああっはっはっはー! やあやあ普段よりお世話になっております皆様方。今回のおどれらの悪だくみ、私は歓迎します! いやはや全く都合のいい機会ですわねえー!!」
「キュー!? こら!! やっぱりまた借りたんでしょ!!」
「おっほっほっほっほ!」
キューの背後から黒い群れがあふれ出し、すぐに部屋は蝙蝠で埋め尽くされた。相手方はそれぞれ刃物や銃、魔法で応戦しているのだが、一般人が一線級の魔法使いに勝てるワケはない。みな、あえなく蝙蝠の群れに覆い尽くされていった。
混乱に乗じて逃げ出す者がいるかもしれないと周囲に走査魔法をかけてみれば——。
——おっと一人、奥の扉から出て行ったな。この場は——任せて大丈夫そうだね。
楽しそうなキューを横目に、蝙蝠の群れを抜けて、僕はその人物を追った。
静かな廊下に出ると、裏口へ向かっていた人物がこちらに振り返った。スリットの深いドレスを着た女性だ。裾の長いファーコートを羽織る。
「こら! 逃がさないよ!」
「どうして嗅ぎつかれたのでしょう。あなたたちの暗殺を依頼しようというこの場面が」
ため息をつきながらフードを外す彼女は、知っている人物だった。
ボリュームのある桃色の髪にかんざしが一つ。何よりその気だるげな様子。
「ミオン!?」
「はあ。ええ、そうですよ。姓はエン、名はミオン。会うのは二度目ですね、オズ」
「あ、こ……こんばんは!」
「はいこんばんは。では殺し合いましょうか」
「え? いや、呪いさえ解いてくれるなら僕は——」
「御託は結構。歓迎します。負けっぱなしなんて癪ですから」
「ミオンって人の話聞かないよね……」
「わたくし生まれてこの方、負けたままだったことがありません。一度は負けても、必ず追いつき追い越し地面を舐めさせてきたのです」
「それは……どうして? ミオンが強くあらなければならない血筋だから?」
彼女はお付きの二人から「お嬢様」と呼ばれていた。おそらく高貴な人間である。
ミオンはフッと鼻で笑った。目線は落とすものの、間違いなく楽しげな様子で。
「まさか。わたくしを動かせるものはただ一つ。わたくしの上に立つ者全員を漏れなく打ち倒したいというわたくし自身の感情だけ」
ミオンがはらりと落としたハンカチは、レースと刺繍の高級品だった。
全身の血が沸騰する気がした。鼓動が早まり、身体が昂ってくる。
「あは……こんなひりつく気分は久々だな。僕こういうの好きなんだよね」
「気が合いますね。生きている実感はこの瞬間にしかありません」
ミオンは鉄扇を指で抓んで広げていく。
「幾重の雨も万雷の雹も我を阻めず。我が名はミオン。一個の魔法使いとして——」
「僕はオズ! 無名の魔法使いとして、君の挑戦を受け入れよう!」
「——参ります。いざ、尋常に」
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