第25話 二人の同盟
僕のその言葉を聞いて、アットマはボッと首から真っ赤になった。
「ひ、ひひひ、引きこもり!? ぼ、ボクが!?」
シャカシャカと相当な早口で訂正してくる。
「い、いやいやいやいや違う。違うよそれはオズ。ボクは決して引きこもりとかそういうんじゃない。ボクは……そう! 人付き合いを必要としていないから外に出る必要がないってだけなんだ。てか外には出てるし? 引きこもりってのは社会から拒絶された人がすることでしょ、ボクは違うから。違います。ボクの方から社会を必要としなくなっただけです」
「その割には僕にちょっかい出してきてたくせに」
「違うんですそれも違うんです聞いて下さい。ボクはあの、その……そう、壁! 壁となってオズを見守っていられたならそれでよかったんです!」
「その主張はいくらなんでも無理筋すぎる……。じゃあ最近、魔法無しで誰かと友達になったことある? 友だちを作れる自信がある? それがあるなら決して同年代とのコミュニケーションに自信が無くて引きこもってるわけじゃないって認めるけど」
「うっ——あ、あああ——あるわけないじゃん!!」
「君が他の手段も考慮した上で人格操作を選択しているなら何も言えることは無かったんだ。でもそうじゃない。君の天才性にみんな誤魔化されてたけど、これってただの自傷行為に過ぎないよ。なら、それは止めてしかるべき、いや、僕が止めなくちゃあならないんだ!」
「う、ううう、うる——さい! うるさいうるさい!!」
まだ言い返してくるようだ。流石に手強い。
「え、ええ、偉そうに御高説を垂れないでよ! お、おおおオズミックこそ、そういうことができなかった人じゃんか! そっちこそ、社会不適合者の引きこもり、コミュ障の鑑だったくせに! お、オズなんかにとやかく言われる筋合いなんて無いやい!」
「僕はそれでも胸を張って生きてたよ? アットマは本当に今の自分に胸を張っていられる? 自分の在り方を完全に肯定できる!?」
「い、いいや、いやじゃあ今のオズは胸を張れてるのかよ!! オズだって、アカラ様との再会を先延ばしにし続けてる弱虫のくせに!! 会う資格がないだとか意味不明な理由つけやがって!! それは会うのが怖いのを誤魔化してるだけだ!!」
不意に水を浴びせられたような。
——アカラ!? ——と会うのを、僕が怖がってる!? そんなことは——。
「会ったって何話せばいいか分かんないんだ! アカラ様が自分をずっと好きだったなんて言われても、今さらどうすればいいんだよって知らんぷりしてる! それがボクと何が違うんだ、オズだって目を背けてるじゃんか! 筋を通してないくせに人に説教しないでよ!!」
三回目の衝撃。
——そうか。ボクはアカラと会いたくないと理由をつけていたけれど……。
僕もアットマと同じだったのかもしれない。時間は既に十分すぎるほど経っている。
「なるほど、流石に僕の神様だね! じゃあ会いに行くよ!」
「フン、どうだ! ——って、え?」
僕は一つ頷いた。
「そこまで言うなら、僕はアカラに会いに行く。前世に残してきたものと、向き合わなきゃいけないものと会ってくる! それでどう? これなら僕の言葉を聞き入れてくれるかな」
「そ……そんな、そんなの言うだけなら簡単だし……」
「うん、僕一人だと難しい。だからアットマ、一緒に来てくれない? 僕の神様のことを頼らせてほしいんだ」
アットマはハッと口元を押さえて脇に目をやった。何か考えている様子だ。いや、しどろもどろで混乱しているという方が近いか。ハンカチを取り出している。
——いや、あれ? あれ鼻血拭いてるっぽいな。あれ……?
ともかく僕から言えることはもうない。響いていてほしいところだが……。
「——ん、なあああ!!」
アットマはここにきてなんと逃走を選択した。まっすぐ向こうへ走り出す。
「え……え!? 逃げる!?」
「そうだよ逃げる! ボクにそんな勇気ないもん! 引きこもりらしく部屋に帰るんだ!」
「いいよ! 私の胸に飛び込んでおいで!」
「ノルンさん!!?」
木陰から飛び出してきたノルンに、アットマは抱き着いてしまった。
「あわわわわ、なんでなんで」
「なんでって、それはね——」
ノルンから視線を貰う。僕は乾いた笑いを浮かべて目を逸らした。
「お姉ちゃんは——僕がまた女の子を口説き落としやしないかと——見に来たそうだよ」
「えっ。え」
かなり低い「え」が出た。アットマが恐る恐る伺うと、ノルンは優しく微笑んでいる。
「でもアットマさんは『壁』でいいってことだよね? それなら仲良くなれそう!」
アットマはぶるりと身体を震わせた。サーッと青くなる。
こちらも冷や汗をかきながら、ともかくアットマに語り掛けた。
「せっかくこんな、友達になろうって言ってくれてる人がいるんだからさ。幸運なことだよ。記憶操作は一旦封印して、普通に人と接するのを頑張ってみない?」
「え……そ、そんな。だ……だってボクなんて。こんな身体じゃ……」
アットマはなんだって忘れることができる。だというのに……いじめられていた過去だけはどうしても忘れられない。記憶の底から引き剥がすことができない。
「そんなことないよ、私たち絶対に仲良くできる! いじめられっ子同盟作っちゃお!」
だったら、いじめられていたゆえの関係性が生まれたならば、彼女も自分の記憶を少しは肯定できるのかもしれない。
アットマはハッと顔を上げた。ノルンは首を傾げて回答を待っている。
アットマは唸りながら悩んだ末、ふっと息を飲んで、熱いため息を吐いてから——心底恥ずかしそうに目を逸らしつつ、ノルンの差し出した手の上に自分の手を置いた。
「あ……は、はい。じ、じゃあ、いじめられっ子同盟で……お願い、します」
こうして、自我を選択した記憶の旅人、アットマが仲間になった。
**
合流後、僕はコンと二人で話をすることにした。
「ねえコン。君はミオンに従ってはいるんだよね。でもキューのことを殺さなかった」
目の前では、キューが先ほど攻撃された分をアットマにやり返している。アットマはひええと叫んで逃げ回っていた。ノルンは楽しそうに観戦している。
「まあ、お嬢様に暗殺なんてさせたくないからね。今は世襲争いで少し視野が狭くなっちゃってるところで、汚い手段にまで手を染めようとしているのは一過性のものだと思うから」
この言い分を聞くに、コンたちに指示を出した「帝国の偉い人」とはミオンその人のようだ。次の進軍を成功させれば継承で有利になる立場だったのだろう。
「そっか。ありがとうコン。今度、何かお礼をさせてもらうよ」
「よし、その提案は受けさせてもらうね。一つ協力してくれるかな」
コンは耳と尻尾をポンッと出した。尾は六本。
「俺は化け狐でね。二千年くらい生きていて、歴代の帝国皇帝に仕えてきたんだ。大昔にそういう契約を結ばされちゃってさ」
「え。獣人ですらない? 本物、いや妖怪のお狐さん!? いや、それほどの大妖怪なら魔力量も尋常じゃないはず。僕なんかに負けるわけが——」
「そうもいかない。妖怪とはいえ不死じゃなくて、どれだけ魔力を持っていてもせいぜい千年くらいが寿命なんだ。けれどその限界を超える手段を、君は知っているんじゃない?」
「——!? コンが言っているのは——若返りのこと!?」
「だから俺も君と同じ立場。独自の魔力補填術式を使ってなお、人並みの魔法しか使えないの。さて、それらの確認を踏まえて不思議なことがある——アカラという人間のことだよ」
そして、アカラの名前が挙がったのだ。
「宮殿区の大規模な転送魔法、あれ、アカラさん一人の魔力で保たれているものなんだってさ。なら彼女はどう考えても魔力を保持しているよね。生まれが裏打ちした膨大な魔力をそのままに。だというのにこの学園では若返ったアカラが目撃されるんだ。となると彼女はこの世の『理屈』を回避する手段を見つけたんだろう。俺はそれが気になるな、オズくん」
そう聞けば簡単な話だった。コンは万が一にでもアカラが殺されては困るのだ。アカラの若返りの秘密を解明することは、彼の二度目の若返りの可能性に繋がるのである。
ミオンに表立って逆らうことはせず、しかしアカラが万が一にでも殺されるような状況は避け、もしかしたらアットマすらも利用し、最終的には僕に貸しを作り——。
二千年生きた狐の策謀だ。もしかしたら全て掌の上だったのかもしれない。
しかし彼の笑みにはやはり偽りのない人の良さそうな気配がある。これが作り物だったら恐ろしいことだ。
「君もそろそろ彼女と決着をつける頃だろうしさ」
「そう……だね。胸を張って、今の僕として。アカラと話しに行かなくちゃ」
◯アットマのメモ帳——魔力
魔力という言葉は「魔力」と「魔力上限」のいずれかを差す。非専門の場では広義で一度に両方を差していることが多い。「魔力」は身体に蓄えている魔力量のことをいい、「魔力上限」は身体に蓄えておける魔力の総量値のことをいう。
「魔力」は「魔力上限」以上に蓄えることができない。恒常的に回復し、概ね一日で満タンになる。
「魔力上限」はほとんど先天的な才能による。一応、魔法を使うたび上限は成長しているのだが、百年間毎日魔法を使い続けても一割伸びるかどうかといったところで、人の身で上限突破を実感するのは難しい。
通常、魔力は上限以上に回復しないはずなのだが、オズの術式はこのルールから逸脱している。とはいえ上限はゼロのままなので、使い切ったら自然回復はしない。
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