3章 最先端の秘密の地下室(アカラ前編)
第14話 オズの休日
僕たちの相手はそれから帝国のチームになった。翌週は二十位から始まって、十五位、十一位、八位——と着実に順位を上げていった。
今日の相手は六位である。
「爆発じゃー!」
「ぐわあああああ」
相手チーム最後の一人が、従えた多数のキョンシーと共に吹っ飛んでいった。
『うおおおお!! 爆発だあああ!!』
観客席の盛り上がりが凄い。以前ちょっとテンションが上がって『御唱和願います』とか言っちゃってからこの方、観客の生徒たちも爆発を叫んでくれるようになった。
「な、なんか泣きそうだよ。みんなが応えてくれるのって嬉しいね……!」
「初めてステージに立ったバンドマンみたいなことを言いますわね」
「みんな! 僕のことは嫌いになっても、爆発のことは嫌いにならないでいてね——!」
「卒業の方やったか」
帰り道。ノルンが何かうーんと考え込んでいる。
「どうかした?」
「んー。私、今日もすぐに退場しちゃったからさ。役に立ててないなって悩んでるんだ」
「え、今さら?」
「オズきゅん、配慮の欠けた言動には気を付けてね」
「おどれホンマに今日までそれを悩む機会がありませんでしたの!? じゃあ逆に今まで何を考えながら試合に出とったん!?」
ノルンは口をとがらせてそっぽを向いてしまう。
「い、色々考えてたしー……」
「ふうん。まあでも、ノルンはんのゴーレムであるところの私の眷属が活躍しとるんやからええんやないの?」
いつの間にか無茶苦茶な文章がまかり通っている。キューは僕のことをノルンのゴーレムだと認識しつつ自分の眷属でもあると主張しているらしい。この子も相当である。
「私の……ゴーレム。うん、うん。そうだよね。そう……なんだけどね」
**
なんだかんだ、翌日のノルンは自己研鑽に励むという流れになった。イドニアが指導するらしい。僕も教えようとしたのだが——。
「今日はオズきゅん抜きで頑張るよ! いっぱい成長して驚かせたげる!」
と、追い出されてしまった。
キューは町でバイトがあるらしい。
なのでその日、僕は一人だった。
「講義……はやってないか、日曜日だもんね。図書館行こっと」
休館日。
爽やかな木陰に腰を下ろす。芝生で学生たちが超次元魔法サッカーを楽しんでいる。
「困った。何してればいいんだろう」
そのとき——ぽよよよ、ぽよよよ——と、魔法watchに着信がかかった。
「わ。ビックリした」
この時計はノルンの携帯と通知が同期している。きっとノルンの方で通話を取るだろう。そう思ってしばらく眺めていたのだが、しばらく経っても鳴りやまない。
「うーん、出てみるか。——もしもし?」
『あ、あの。あの』
向こうから聞こえてきたのは、キョドキョドした吃り声。多少加工が入っているのか、性別は判然としない。
『え、ええ、えっと……そうだな。神託。神託だ、オズミックよ』
——え!? 僕の正体を知っている!? 本当に神様か!?
『も、もも、もし暇なようなら……アカラ様に会いに行ってみてはいかがかな。元カノ……なんだろう? た、多分だけど』
「あっ」
『あっ?』
「どうしよう。忘れてた……な」
『えっ……』
——忘れてた。本当に忘れてた。色々あったせいですっかり忘れてた。
焦って時計に話しかける。
「ねえ神様! 古い知り合いにすぐに挨拶しに行かないのって、し、失礼かな!?」
『そ、そうだな……喧嘩別れとかでもないなら。あ、で、でも君はこの数か月かなり忙しかったし、仕方ないんじゃあない? 初日からほら、監禁とか、されてたし』
「そんなことまで知ってるんですか!?」
『ま、まあ何もかもとうちょ——じゃなかった、把握はしてるとも。神様、なので』
もう疑う余地は無かった。これは明らかにお告げである。
「ありがとう思い出させてくれて。急いで会いに行くよ」
返事が少し滞る。不思議に思った頃に声が返ってきた。
『そ、それは……アカラ様を慮ってのこと? アカラ様が、君が会いに来てくれないことに気を落としているかもしれないと思うから、急いでいくのかい?』
「? そんな感じだよ!」
『そう。そ、そうか。いや、かなり人の気持ちが分かるようになったと思ってな。一日目の君じゃあきっと分からなかっただろう。君はもう既に、真人間にかなり近くなっているよ。まだデリカシーの無い発言は多いけど。ボクがお墨付きをあげよう』
驚いた。風船が弾けるような、びしゃりと目を醒ますような驚きだ。
確かに自分はこの短い期間でかなり変化しているように思う。
「……ありがとうございます神様。まだまだだけど、頑張ります。それじゃあ——」
僕はあれっと気付いた。どこに行けばいいのか分からない。
「学園長室? みたいなのってどこにあるんだろう。事務所とかが入ってる棟かな」
『あ、ああ。ぼ、ボクが案内するさ。元よりそのつもりだ』
「ご親切にありがとうございます!」
僕は時計の案内を受けて、アカラに会いに行くことにした。
敷地内の林を奥へ五分ほど進んでいくと、無人の研究室が立っている。
「なんの目印も無く、こんなところに建物が?」
入口の魔法鍵は堅牢だが、僕なら朝飯前。開くと地下への下り坂が現れる。
明かりの魔法で照らしながら、土色剥き出しの通路をドンドン深くへ進んでいく。
「あ、あの、神様? 本当にこんなところでいいの? 道があるんだから間違っては無いんだろうけど」
『はあ、はあ……あ、ああ。先はまだまだ長いぞ、はあ……』
「あれ? 息切れしてる?」
『い、いいや、いやそんなことはない。だがオズミックよ。足を止めたまえ』
「あ、はい。止めます」
『そう……偉いぞ。そこで一、二分だけ休憩するといい。神様が許そう』
「ありがとうございます……?」
壁面にもたれると、土や小石がボロボロと崩れた。見れば支え木も新しい。
「ここって最近掘られたもの?」
『そうだな。上の研究室もカモフラージュに建てられたもので、最近までは無かった』
ふと、カラカラと。来た道の方から石ころが転がってきた。
「あれ。風も吹いてないのに」
ハッと声を鎮める。
「まさか。誰かに後を付けられ——」
『いやいやいやいやいやだからそんなことは絶対に無い。無い。無いから安心していい。それは——そう、こ、この穴が出来たばかりゆえに、自然と崩れたものだ』
「まあそっか」
『そうだとも当然だ。ボクは神様だから全て分かっている』
更に数分歩くと、細く白い光が差した。
「おや」
地下道の最奥、その上方から光は差していた。手を伸ばして、光を遮っている蓋のようなものをどけてみると——。
「こ、れは」
そこは人工の大きな廊下だった。天井を見上げるほどに大きい。王宮の柱廊を思い出す。
白い壁に白い光が差す、無音の無機質な通路。あまりにも画一的に真っ白で、美しくも不気味で、非現実的な光景だった。
僕が持ち上げたのは、廊下のタイルの一つだったのだ。一度地下道に引っ込む。
「これはなに?」
『見たまま、廊下だ』
「ここって結構な地中だよね。地下にこんな明るい、整った廊下があるんだなんて」
『ここは学園でも最も重要な場所だからな。最先端の技術が使われているのさ』
ここにきて遂に、僕の頭にその可能性がよぎった。
「ねえ神様、僕を騙そうとしてる? 何か別の目的があって誘導している?」
『えっ……そ、そそ、それは……ど、どうしてそう思うんだ?』
——それは——いくらなんでも怪しすぎる——というのもあるけど。
僕は少し考えてから、腰を下ろして話し始めた。
これは僕の最初の罪の話。
「神様だから言うんだけどさ……僕って昔、人を殺したことがあるんだ」
『それは——爆発魔法の流布によってとかではなく——自分の手で、ということかい?』
「そう。僕の師匠を殺したら研究費を貰えるって話で、依頼されたんだ」
『えっ。金で人を殺したのか』
「一度は断ったよ。僕は師匠のことを、提示された研究費よりも価値のある人だと思っていたからね。けど——師匠はいたずらな二枚舌で王国内の政治を乱している極悪人だ——とまで言われたんだ」
『なるほど、それで君の天秤は傾いたのか』
「二人きりになるよう呼び出すのは簡単だったよ。そうして、魔法的な密室の中で魔法的に粛々と殺した。一言たりとも、濡れ衣の訴えも最期の言葉も、何の発言も許さずにね」
『詠唱されては反撃を貰うからな』
「それからしばらくすると、王国の政治は混乱し始めた。餓死者が前年の倍になったくらいだから相当だったね。依頼人を問い詰めたら、なんと彼は、二枚舌云々は嘘だっただなんてケロリとした顔で言うんだ。政敵だから消してほしかった、ただそれだけだったんだって」
『それで?』
「彼は僕の肩に手を置いて『今後もよろしく頼む』と言った。『そうしなければ、先の暗殺の真実を公表する』と脅してもきた」
『おやおやこれは、随分な悪人に捕まってしまった』
「だから僕はその場でその依頼人すらも殺した。衝動的な殺人だったからすぐにバレたよ。これが僕が王国の首都から逃げ出すことになったきっかけの事件だね」
『うん、ちょうど今、辿り着いた。学園のデータベースをハッキングして調べたよ。確かにそのような罪状がかかっているな。でも君が誰かに騙されていただなんて情報は無い。なぜ自分は利用されたのだと訴えなかったんだ? 酌量の余地もありそうなものだが』
「それは当然でしょう。悪いのは全部僕だよ」
『全部? 何割かは——』
「師匠を騙したのは僕だし、依頼人に騙されてやいないかと疑わなかったのも僕。僕が気を付けてさえいれば、誰も死なずに済んだんだ。なら全ては僕の責任だよ。僕が悪くないだなんてことは、絶対にない」
つい強い語気になってしまった。
『なるほど。なるほど……な』
これだけは譲れない。僕は僕に弁解の余地など無いのだと信じている。どんな理由があっても、僕には王国に残っていい資格なんて無かったんだ。
『では今回の件について、だな。分かった。もしボクが君を騙していたら、ボクのことも殺してくれて構わない。この道は間違いなくアカラ様の元へ続いている』
「ん。でも僕はもうそんな簡単に人は殺さないから安心して」
『きっとそうだろうと、ボクは信じてるよ』
よいしょと廊下に出て、時計に示された方向へ進む。
「こっちなんだね?」
『反対側はこの廊下の正規の入り口だ。おそらく君ですら単独では開錠に数日の時間を要す、国家防衛クラスの防御魔法がかかっている』
「それを避けて、誰かさんは地下道を掘ったってことね」
曲がり角に張り付いて、ちらりと向こうの様子を伺った。
廊下の奥には、巨大で堅牢そうな扉があった。銀行の大金庫のような、ハンドルを回して開けるものだ。ハッチやシェルターという表現の方が近い。パッと見でも数十層に及ぶ防御術式が浮かび上がっている。
そしてその前には——三人の学生がいた。女子一人に、男子二人。
「はあ。まだかかりそうですか」
「チッ。悪かったな腕が悪くて」
「まあまあお嬢様。ロウランも頑張ってるからさ」
時計を口元に近づけてひそひそ声で話す。
「あの三人……知ってるよ。一位チームのメンバーだ。帝国出身の——」
『じ、じゃあ——騙してごめん!! 最後に餞別くらいはあげるから許してー!!』
通話がプツリと途切れる。と同時に、後方からカランカランと試験管が転がってきた。
「え?」
振り返れば、地下道に通じるタイルが閉じるところだった。
——騙さっ——何者かが——僕の後ろを付けていた人が、あの試験管を投げてきた!?
「なんだ?」
試験管は廊下の向こうの壁まで転がっていった。それはそう——曲がり角の先、廊下の奥の三人の目に映る位置に。
「——マズい!! そこに誰かいるぞ!! 逃がすな、殺せ!!」
一人が上げたその声を皮切りに、それぞれ素早く扇子や呪符を抜いて詠唱を始める。
「う、そでしょ——!!」
僕は試験管に飛びつき、栓を抜きすぐにゴクリと呷ろうと——して。
知っている匂いだったので、酷く躊躇した。
白濁液。ほんのりと粘る。この微妙な量。そして何より、イカ臭い。
「なっ……なんでよりにもよってこれ!!? どういう意図で!!?」
鉄扇から放たれる風の刃に太ももをスパッと深く切られた。勢い良く血が噴き出す。
——躊躇してる暇もない!?
急いで飲み下して回復魔法を発動する。傷はすぐに塞がった。
「う、うええ。喉に絡むし苦い。あと臭い。水が飲みだい……」
でも魔力濃度は濃かった。吸血鬼の血より濃い。
——僕の魔力補填術式の最適解って「精液」なの? い、いや、いやだああ……。
向こうの人間がそれぞれ僕の顔を見て驚いている。
「き、君は、チーム戦を席巻している例のゴーレム!?」
「はあ……不運、いえ幸運、としておきましょうか。あのゴーレムをここで殺せば全ての問題は解決します」
「え、いやあの。え? ちょっとお話から——」
対話を求めるも、しかし嵐のように襲い来る風の刃が声をかき消した。〝精霊の結びつき《フィー・ド・リンク》〟での防御はギリギリ間に合う。
「ちょっ——ああもう、やるけど!」
——やるにはやるけどさ!
「ねえ神様!? 殺しはしないから、後で文句くらいは聞いてよね——!!」
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