第13話 水面下に広がる影響

「相変わらず無茶苦茶やるね」


 観客席より一段高い位置に用意された部屋。壁一面に張られたガラスから試合を見下ろせるそこは、学園長一人のために用意された場所である。

 ここも暗闇に包まれ星雲が漂っており、それらが爆発するのは時間の問題だった。ただでさえ土台からぶっ壊されてグラグラと崩壊寸前である。


「アカラ様!」


 扉を勢いよく開き、必死の形相をして入ってきたのはクレイトス。


「こ、これほどの被害、いかにぃ——!?」


 彼が呼びかけたのは見た目に五歳くらいの女子。人形のようなドレスを着た少女——学園長アカラは、おしゃぶりをタバコのように指にとって、ふうーっと息を吐いた。


「女の子の部屋にノックもせずに入ってくるなんて、マナーがなってないね」

「女の子を名乗れる歳じゃないでしょう!」


 アカラのノールック無詠唱に、クレイトスの古代魔術はなんとかギリギリ間に合った。


「死をぉ……覚悟したぁ……!!」

「私が生きてさえいれば、この学園の施設は無条件に復活するんだって。生徒の命も未来視でチェックしてる。みんな死ぬ直前に安全なところにテレポートされるよ」

「そ、そうですか。この規模の破壊は初めてなので、つい確認しにきただけですよぅ」


「でもテレポートはあんまり発動してないね。さっきの反省を踏まえて、防御魔法で観客たちをカバーしていたのかもしれないな」

「あっそれもですぅ! これほど大規模な魔法の行使ぃ! やはりアレは間違いなく——」

「うん。オズミックじゃあないね」

「——!?」


 それは当然、クレイトスには受け入れ難い返答だった。


「まさか本当に匿うつもりなんですかぁ!? そんなことをしては学園の中立が——」

「実際のところ、アレはオズミックじゃあない」

「あれほどの爆発魔法の使い手は他にいません!!」

「いいや」


 アカラはガラスに手を付いて会場を見下ろした。


「オズミックは——あの人は、あんな風に他人のことを慮れる人じゃなかったから。魔法探求以外の何も見えていない、魔法の星の元に産まれた子だったんだ。私は彼のような人間が評価されない世の中を疎んじてこの学園を作ったわけで」


 寂しげに微笑む。


「でもアレを見て? ほら、仲間を励ましたんだよ。私に対しては気に留めることなんてしなかったクセに。社会の中で協調性をもって生きているんだ。となればこの学園じゃなくても生きていける。ならさ——彼はオズミックじゃあないんだよ。この学園はあの人を迎えるためにあるのに、あの人に必要とされていないなら在る意味が無いんだから」


 振り返って笑う。


「それにもしアレがオズミックだったなら——私に会いに来ないはずがないし。だって私たち、愛しあってたんだから」


 クレイトスは混乱した。目の前のアカラは今、矛盾したことを言ったからだ。学園創立の理念が矛盾したし、オズミックとの関係性だって矛盾した。

 しかしそれよりも何よりも、最も明確に矛盾した点がある。

 クレイトスはそれを知っていた。オズミックがこの学園を訪れた最初の日、アカラがオズミックを迎えに行くのを見送った張本人こそ、クレイトスその人なのだから。


「なぁっ、何を言ってるんですかアカラ様! 彼はこの学園に訪れたあの日、『アカラ様に会いに来た』と言ったんですよねぇ!? そ、それを直に聞き届けて、それでもなお追い返したのは——アカラ様自身だったじゃないですかぁ!!」





『学園長のアカラという方に、友人オズミックが来たと伝えてもらえませんか!』

『あはは。ちびっこ魔法使いさんにはここはまだちょっと早いですよ』





「え?」


 クレイトスの訴えに、アカラは首を傾げた。


「そんな記憶、前の分体から引き継がれてな——あれ? いや、確かにそんなことが——だ、だって気づいてくれなかったから——」


 頭を抑えてふらつく。


「アカラ様!? 大丈夫ですかぁ!?」

「——いや大丈夫。あ、それよりその星雲、もう爆発するよ。分かるんだ、この魔法、私と彼の共同制作だからさ」

「無茶苦茶言ってんじゃないですよぅ!!?」


 ドカン。クレイトスは夜のレイヤーを貫通するほどの高い上空にぶっ飛びながら、太陽を仰いでうーんと額を抑えた。


「ゴーレム——いや、オズミックさん。あなたのせいで、少しだけ大変ですよぅ……」





**





 チーム戦の後、僕らは瓦礫の被害に目を背けるようにしてそそくさと教室へ帰ってきた。


「しょ、勝利だね! うおお、や、やったぁ~……」


 しかしこんなことを言っているのは僕だけである。何やら空気が重いのだ。

 隣の席のノルンが睨んできている。回復魔法を受けたのだろう、怪我は治っている。


「オズきゅんさあ……自分が誰のゴーレムか分かってるよねえ……」


 そんな僕は今、いつものノルンの膝の上ではなくキューの膝の上に抱かれていた。


「ん、私の眷属ですわ。あと将来の旦那様でもありますわ。ね、今度一緒にうちの親に会いに行きましょうね♡」


 ——あ、あれ。今なんかハートマークが見えた気がしたな。気のせいかな。


「私が本命だもんね? ちゅーするのは私だけだもんね?」

「ほら眷属? 私の唇も開いてますわよ。ん~♡」

「あっ、あっ」


「ねえキューたん!? 庇ってあげた恩があるよね!?」

「頼んでないですわ。あ、でもありがとうございました。はい終わり」

「終わってない!! ううううう私もオズきゅんによしよしされたいのにいいい!」


 ノルンが僕を奪い取ろうとするが、キューもひしっと離さない。お互い目がガチだ。


「せ、先生ちょっと……」


 イドニアに助けを求めるが、帰ってきたのは極寒の視線である。


「死ねよこのゴミロリコン変態ゴーレム……」


 ——強く否定できないっ!!





**





 魔法スピーカーから流れて来る音声。それは魔法盗聴器越しの音である。


「うおー、オズミック……まさかキューさんを攻略しちゃうだなんて。凄いなあ」


 魔法エナドリをストローで吸いながら魔法パソコンを叩く彼女。カーテンを閉め切った部屋にカタカタという音が響いている。最後に勢いよくエンターキーを叩いた。


「お、おお……。遂に、遂に。遂に終わったああ……お、お疲れ自分」


 丁度のタイミングで彼女の携帯に着信が来た。ドキッと身体が跳ねる。慌ててスピーカーを切って文字起こしモードに切り替え、深呼吸の後、心して通話に出た。


「——はいどうも、こちら探偵事務所ハイエナ! 憧れのあの人の好きなタイプ? お安い御用! 深窓のあの子のシャワータイム? はい撮ってきます! 盗聴盗撮お手のもの、どんなとこでもなんのその! お客様のご要望は——」

『ミオンです。仕事の件です。もう期限はとっくに過ぎていますが』


「あ、あ。ああ! ミオンさん! それなら今さっき丁度上がったところです!」

『そうですか』

「学園長アカラ様の本体の居場所ですよね!? この悪魔的天才ハッカーの面も持ち合わせし超天才探偵こと、アットマ・マーチンがばっちしがっちし掴んでまいりましたっ!!」


 アットマは調べてきた情報を、包み隠さず素直に全て伝えた。


『——はい、ありがとうございました。報酬の後払いの分も振り込みました。では』


 通話は向こうから切られた。アットマはホッと胸をなでおろす。


「ふ、ふおお……き、緊張した。ちゃんと話せて、え、偉いぞ自分」


 エナドリのストローを齧りながら、椅子にもたれて天井を仰ぐ。


「それにしても……帝国一位のお姫様はなんでアカラ様の居場所なんて知りたいんだろ」


 アカラは学園内で頻繁に見かけることが出来るが、それは彼女本人ではないというのが学生らの共通認識だった。本体が遠くから別の身体を操作しているのか、はたまたもっと別種の魔法によるものなのか——ともかくよく見かける金髪碧眼の女性はアカラ本人ではない、と。なにせ見るたび年齢が大きく違い、若返りすらするのだから。


「ま、まま、まさかアカラ様の本体を殺すことが目的だったりして。さ、流石にないか。そんなことしちゃあ、学園がどうなっちゃうか分からないもんな……ちょっと気になっただけ。そう、きっとそうに決まってる」


 アットマ・マーチン。いつも、自分が何をしでかしたか気付くのが遅きに過ぎる。


「——いや。いやいやマズい! こ、ここ、これでアカラ様が殺されて学園が崩壊したらどうなる!? ボ、ボクのせい、なのか!? いやまあボクのせいになるのはどうでもいいんだけど——学園が無くなっちゃうのは困るよー!!」





◯ノルンのノート——魔法を補助するもの

 詠唱、杖、魔法陣——これらはどれも魔法の行使を簡単にするものである。それぞれ極めると、詠唱無し、杖無し、土台無しで魔法が使えるようになる。


 とはいえこれらはそれぞれ全く異なるスキルツリーであり、また個別の専門魔法のスキルツリーと重なる部分も小さい。一生かかっても一つのスキルツリーの終端に辿り着けない魔法使いはごまんといる。魔法使いは自分の才能、残された時間と向き合って、どれに力を入れた研究人生を送るか検討する必要がある。

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