第12話 啜るのは……
僕がその会場に訪れたとき、既に大勢は決していた。
——キューの膝を折ってノルンお姉ちゃんを倒した、アレが相手チーム、最後の一人。
緑の髪は少し前に色を抜いていたのか毛先が銀色。ぱっと見はネギのカラーリング。
耳と顎にピアスが光り、肌は小麦色に焼けている。
「お? はあ? まさかあいつらこんなにさっさと負けたんか。はは」
呆れた様子で肩をすくめた。
「自己紹介しとくよ。ここに立つあーしこそが大賢者クレイトスの一番弟子——」
ハハアと笑って舌を出す。蛇のようなスプリットタン。
「ルルキス・セラピー様だ」
言って、右手に携帯を構えたまま、左手で懐から杖を抜いた。
「さて、お恥ずかしながら王国最優だなんて呼ばれる身なんでね、あーしくらいはクレ公からのオーダーを完遂しなきゃなあ」
——挨拶! さっきはつい焦って忘れてた。今度はちゃんとやろう。
「すいません、こんにちは! 僕はオズって言います!」
頭まで下げた僕の挨拶に、ルルキスは奇妙そうに眉をひそめた。
——あれ? 何か変だったかな!?
「マジでガキみたいだな。ずっと想像してたような諸悪の根源、因縁の宿敵とは別人だが」
「な、何の話ですか……?」
「ま、いいや。なあちょっとゲームしようぜ坊ちゃん」
——坊ちゃん!? じゃなかった……ゲーム?
「せっかく一人ずつ残ったんだし、ここは早撃ちじゃあなくフル詠唱で戦わねえか? 観客らもせっかく会場まで足を運んだのに、魔法の衝突を見れないとなると期待外れだろ?」
なるほど、興行でもあるという話だし、それも道理だ。流石に観客を集める王国一位、プロ意識がある。
「うん、分かった! ——でも、そのゲームを提案するにはまだ早いんじゃない?」
「ん?」
「だってキューはまだ負けてないし」
ルルキスの傍でへたり込んでいたキューがこちらにハッと目を向けた。
「わ……私?」
どうやらキューにそのつもりは無かったようだ。
「あ、あれ? だってほらさ、まだ戦えそうだし。テレポートで退場してないのは、宮殿区の術式にもまだ戦闘可能だって判断されてるからだよね?」
「ああ、坊ちゃんは見てなかったから仕方ないな。コイツはもう心が折れちまったんだよ」
心ときた。
「自分が紛うことなき劣等種族だって分からされちまったのさ。自分自身それに薄々気付いてもいたから、遂に現実を目の当たりにしてショックで頭がいっぱいってわけ」
心が折れる——納得を伴って理解したのはこの時が初めてだった。
「す、凄い。対戦相手なのにキューの内心が分かるんだね! 納得感もあるや。僕にはまだお姉ちゃん以外の人が何を考えてるのかは分からないから、本当に凄いと思う」
「お、今度の発言はいい感じだな。共感能力のバグったマッドな雰囲気が——」
「うん分からない。だって吸血鬼と人間の差を問うにはこの学園は場違いだと思うから」
キューが無言のまま、しかしピクリと顔を上げた。
「ふん?」
ルルキスも興味を持ってくれたようで、顎を上げて続きを促してくる。
「えっと、差別って言うのは、できることに差があるから生まれるんだよね。だから人は道具や哲学を開発する。そうして差が埋まることで、みんな平等になっていくんだ。あなたがその手に持った携帯が象徴しているように。その『差を埋める手段』を開発するのが学び舎であって、ここ『世界の魔法の最先端』フレニアロサイトの役割——なんじゃないかな」
「おーおー、なんてありがたいお言葉なんだ。差別は容易に文化に成りえるという現実を無視してるけどなあ! 誰だってどうして差別し始めたかなんて忘れてんだよ!」
「それも時間が解決するだろうけど……待てないなら、それはそれでやっぱりこの学園は適した場所だよ」
僕はキューに歩み寄って片膝をついた。彼女はまだ困惑している様子だ。
「な、なに……?」
切り出し方が分からなかったので、素直にそのまま伝えることにした。
「これは僕——じゃなくて、僕が知ってる人の話だけど——その人は、物凄い人でなしだった。確かに、社会不適合のマッドなマジシャンとも呼ばれていた。けれど、戦争の起こっている地域では重宝されたよ。天井の待遇が用意されて、感謝の言葉もたくさん聞いたんだ」
「何の話——」
「なぜなら、戦争には手段を選んでられないから。差別も偏見も無視して、役に立つものはなんだって使わなきゃあいけなくなるんだ。そしてどんな出自の人だって、活躍さえすれば、民衆に受け入れられる。英雄は過去に左右されない」
僕はキューの左手を取り上げた。手首の傷から血がトクリと溢れる。
「だからさ、キュー。もし君が吸血鬼への偏見を無くしたいと思ってるなら——せっかくこの学園にいるんだ! いっちょ世界の戦争を止めて『英雄』になっちゃおう」
言って笑いかけた。
「一緒にこの学園で一位になろうか。僕ならできるからさ。着いてきて、ね」
ポカンとするキューを差し置いて、僕は彼女の手首の傷に唇を付けた。
「——!!?」
手首のこわばりから驚いているのだろう事が分かる。しかし構わずじゅるりと啜る。
「ん。ちゃんと鉄の味がする。あと——」
僕は振り返りながら立ち上がった。ちらりと見えたキューの頬が紅潮していたように見えたが、どうやら想像以上に緊張させてしまったらしい。
「血を飲むくらい、誰にだってできるし。吸血鬼の特権じゃないからさ」
巡る魔力に自然と口角が上がる。ルルキスは冷や汗を浮かべていた。
「じゃあゲーム、やろうか。ちなみに今の僕はちょっと強いよ。覚悟して!」
「……はっ! 臨むところだ、やるだけやってみっかな!」
両手を前方にかざして唱える。
「導くのは虚位、三位、五位! それがそれなる原色であれば、示し合わせるワケも無く」
空気中に青、黄、白の混じった魔法陣が出来上がっていく。
「リゲル、ベテル、腰の剣に月の紋。満ちる、欠ける、
魔法陣が収縮すると同時に、目の前の世界がバキリと砕けて真っ暗な裂け目が出来た。世界の表面を破いたかのような暴力的な亀裂。その内側から覗いているのは、真砂の如く敷き詰められた星の海である。いずれも自分が爆ぜる時を今か今かと待っている。
ルルキスの方は既に詠唱を終えていたようで、杖から真っ白な光の剣が伸びていた。しかしその眼はこちらに向いていない。
「こりゃ格が違うな」
ぼやいてベッと舌を出した。可愛げのある仕草が微笑ましい。
「まあほらさ! 僕にしてみれば、君もキューも誰もかれもどんぐりの背比べ。揃ってひよっこだ! もう一度、基礎から出直してきなさい!!」
亀裂から宇宙が溢れ出した。周囲数キロを覆った暗闇。しかし夜と思わせない程に眩く煌めく星雲が、遍く人々の手元に流れている。
右の人差し指を掲げて観客席に呼びかけた。
「星の寿命は短いよ! さあみんな、せっかくだし御唱和願います! 魔法の粋は——〝爆発〟じゃあー!!」
連鎖爆発に観客席が吹っ飛んでいく中、ルルキスが呆れたように肩をすくめて笑っていた。
「坊ちゃん、知らないのか気付いてないのか知らないけどさ」
「ん?」
「吸血鬼が自分の血を飲ませるのは、生涯の眷属だけだぞ?」
「……」
ぎこちない動作だったと思う。たらりと嫌な汗を浮かべながら。
改めて僕が振り返ると、キューは確かに僕のことを真っ直ぐと見上げていた。花火のようにカラフルな超新星爆発に照らされながら。
「オズ」
初めて名前を呼ばれた。嬉しいことのはずだ。しかしこのときばかりは——。
「私の眷属」
キューが頬を染めるのを見て、僕は息を飲み全身をピシリと強張らせたのだった。
「——はい。一生、着いていきます」
——や、らかし、たっ——!!
夜を吹き飛ばす爆炎が、観客の大歓声ごと何もかも粉々に消し飛ばした。
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