第31話 後日譚
後日。昼下がりの喫茶店にて。僕は金髪碧眼の少女と二人でお茶していた。おしゃぶりを咥える、同い年くらいのアカラだ。
「えー、じゃあアカラも申し訳なく思ってたってこと?」
「そうだ! このバカ! 私も連れて行けばよかったんだ、バカバカ!」
「ごめんって。本当にごめんだって」
空気中を泳いで噛みついてくるウツボたちを都度都度爆破しながら話を聞く。
——この謎の攻撃、照れ隠しだったんだな。半世紀越しの発見だよ。
「本当に全くそう! 今までの分、毎日謝ってもらわなきゃ釣り合わないんだ!」
後で詳しく聞いたところ、クラゲアカラの寿命は装置の補助ありきとはいえ半永久的なものらしい。そして本体が存続している限り、分体は生まれ続ける。分体の活動範囲は本体の近くに限られるが、しかし何人だって同時に存在できる。分体の劣化は早いが後天的な記憶を持ち帰り共有することで実質的な永遠を手に入れている。
「あなた、吸血鬼の眷属になる約束をしてるんでしょ? なら向こう千年は覚悟しなよ! 毎日顔を見せに来てくれなきゃあダメだから!」
「いやね、僕はもうオズミックさんの義務とは無関係な人間なので~」
「それを言うなら私だって個体としては別の存在なので~」
寿命の話となって、そういえばと思い出した。
「そういえば、どうしてアカラの魔力は無くならないの?」
途端、視界が一変した。穏やかな陽の差す泉のほとり。水辺で鳥が遊び、背中に羽を生やした少女たちが花冠を作っている。
パラソルの元、丸い机に着くのは僕と、アカラと、そして——異様に長い金髪を携えた、純白のローブの女性である。
カツンと音を立てて、紅茶のカップを受け皿に置く。
「一段落したようですし、挨拶くらいをと、招待させていただきました」
「あ、こんにちは。お久しぶりです、上位存在さん」
「自己紹介が遅れましたね」
女性は僅かに頭を下げた。
「私の名前はフレニアロサイト。普段は『理屈』として機能しているものです」
「フレニアロ——サイト!?」
アカラの方を見れば、彼女はフフンと笑ってみせた。
「せめてもの抵抗で、学園にその名前を付けたんだ。歴史にコイツの名前を残せば、いつかの未来の魔法使いがこれを手掛かりにして、コイツの存在を明らかにしてくれるかもしれない、でしょ?」
フレニアロサイトはため息をついた。
「実際あなたのせいで、理屈とは、精霊とは、私とは……などといった真実が世界に明らかになる時は相当早まりました。まったく、大した嫌がらせですね」
話から察するに、アカラも一度この領域に訪れたことがあるらしい。そこで僕と同じ様な事を言い渡されたのだろう。
「私はね。コイツとの取引には応じなかったんだ。『若返りがダメって、でもクラゲが遺伝子的に同じままに個体を増やしてるのはなんなんですか? これって完璧な若返りですよね。主張が矛盾してませんかああ??』ってさ」
「そして私は『クラゲにはクラゲのルールがあんだよ文句あんならクラゲになりゃあいいじゃん』と返したのです」
「意外と砕けた雰囲気で話してるな」
フレニアロサイトは口角を上げる。
「とはいえ、まさか本当に成し遂げるとは思いませんでしたけどね。『人間の寿命のルールから外れる』ために『人間を辞める』。分体は記憶が連続しているだけの別物で、本人は海の底どころか装置の中。理屈は通っていますから、私はこれをよしとしました」
「やっぱり、なんらかのペナルティでバランスを取るんだね。それはフレニアさんの一存に寄るの?」
「私の判断に寄ります。ですがそれをあなた達が解釈しようとするならば──『私』とは『星を存続させようとする精霊の意思が集合したもの』であり、『判断』とは『世界のより長い存続のため、自動的機能的に決定づけられるもの』であることを認識しておく必要があります」
「つまり、何が禁忌で何が罰則なのかは、世界の存続という観点から逆算して自然と決まるもので、どうしてそうなるのかはあなたにも説明ができないということ?」
「そうですね、そういうものだと思ってもらうほか。とはいえノーリスクの若返りを許すと——世界の滅亡——星の崩壊が早まるというのは、比較的想像しやすい方でしょう」
つまり僕が魔力を保持したまま若返ったという事実が世界に存在すると、星にとって悪い影響があるらしい。けれど確かに、何度も若返れるならば無際限に魔力上限を伸ばせるということだから、いつか星を壊すほどの魔法使いが現れてしまう、ということなのだろう。
「特にオズミック——いえ——オズ。あなたは特に要注意です。〝
「えー? そんなそんな。買い被りですよ」
フレニアロサイトはおいおいとつっこんで後、佇まいを直した。
「話は以上です。あの意地汚い狐にはお前も覚悟を見せてみろと伝えておいてください」
「そ、それが本題だったんだね。了解だよ」
「はい、ではさようなら。もうここに呼び出されるようなことはしないでくださいね」
ふと意識を取り戻せば、僕はノルンの膝の上にいた。
——えっ。
変わらず喫茶店のテラスではあるものの。
見上げればその口元はにこりと笑っているが、僕はその笑みが怒りの笑みであることを知っている。しかしどうやらその矛先は僕に向いていない。睨みを受けているのは向かいに座る金髪碧眼の少女である。
「アカラ様? 私とオズきゅんの関係を応援するって話じゃあありませんでした?」
アカラは飄々と憎たらしい笑みを返している。
「私そんなこと一言も言ってないけど。あっ、何か勘違いしてた?」
「え!? いやアカラ様、絶対そのつもりだったじゃん! 逆にそうじゃないなら何のために私をいじめたのか分かんないし! ただの嫉妬ってことになっちゃうけど!?」
「う、うん。その話は僕もイドニア先生から聞いてるよ。アカラが大人げなくお姉ちゃんをボコボコにした件だよね」
「何のことか分かんない。そんな記憶、前の分体から引き継がれてない」
「アカラ!? 流石に都合が良すぎるんじゃないかな!?」
「本人を目の前にして気が変わったんだもーん」
「うわー! ツンデレがひっくり返って滅茶苦茶めんどくさい女になっちゃってるよー!」
ノルンのその発言が少し引っかかった。意外に思ったのだ。
「あれ。お姉ちゃん、なんというか、寛容になった? 僕への他人の好意に」
以前までなら、そんな軽口を叩く余裕はなかったように思う。
「だってオズきゅんは一人の人間なんだから、全部は支配できないし。尊重してあげないと」
「あっ……そう。そう……か。なるほどね」
そう聞いてもまだ意外だった。
「ま、ノルンはんも多少は成長したってことですわね」
「お、オズも……ね。そんな機微に気付けるようになったなら、もう免許皆伝だ」
声の方向に顔を向ければ、キューとアットマが連れ立って歩いてきていた。
「も、もう時間だよ。イドニア先生が待ってる」
「そっかそんな時間か」
「油を売ってる場合じゃあありませんわよ」
「おっと、ひどい暴言を吐いてくれたね。分からせが必要な生徒が増えちゃったかな?」
「分からせが要るのはおどれの方じゃなくて? 流石に調子づきすぎですわ。もう学園長の風格ありませんけど」
賑やかになってきた店先。最後にもう一人、僕に声をかける者がいる。
「はあ。オズ」
この失礼な挨拶は間違いなくミオンである。手に持っているのは折り畳みの朱肉。
「ミオン! おはよう」
「こんにちは。お忙しそうなところ申し訳ありません。すぐに終わりますので」
「ん?」
ミオンは周りが向ける「なんだコイツ」という目線に目もくれず、おもむろに僕の手を取り上げた。無駄のない手つきで僕の指紋を取り、取り出した何らかの書類に押しつける。
「はい。ありがとうございました。ではまた」
「いや、いやミオン。え? 僕今一体何の書類に指印したの?」
なんだか嫌な予感がする。鼓動が早くなってきた。
ミオンは気だるげに振り返りながら、しかし僕に微笑みかけた。
「当然、婚姻届けです」
「え゛っ」
僕の腕がギリリと強く握られている。ノルンはその笑みを今度はミオンに向けた。
「お姉ちゃんの許可なしに結婚なんて許さないんですけど??」
「はあ……ではお義姉さま、結婚のお許しを頂けますか?」
「ダメ!」
「では力尽くですね……負けっぱなしは癪ですし」
ノルンは拳を握りながら立ち上がった。
「臨むところだ! いくぞキューたん、アットマさん! 私たちこないだも勝ったんだから、何回やったって同じだからね!」
「今日はわたくしたちも三人で臨ませてもらいます。いきますよ二人とも」
「いやーごめんねオズくん騒がしくして」
「チッ、これこそ茶番だろうがわがまま女が……」
「いやあの。僕の意思。僕の意思を尊重するって話は? あれ。おかしいな」
「眷属はどう思いますの?」
「えっ……そうだな。まだちょっと早いかも。そもそも僕の本命はお姉ちゃんだし」
「オズきゅんがデレた!? 解釈は——一致だ!」
「じゃあ、お、オズもこっち側なんだね。魔力ある? ボクの体液飲む?」
「そういえば聞くタイミング逃してたけどあの精液何だったの!!?」
「あっ……。あれはその、えっと……。せっかくだし飲んでもらいたいなと思って……」
「え!? せっかくって言うなら私のも飲んで欲しい! ほら持ってきてるよ、ゼリー!」
「それに入ってる体液も結局何なの!!?」
「ほらオズ見て。私、人みたいに見せてるけど実はゼラチン体だからさ。全身体液みたいなものなんだ。遠慮せず齧っていいよ」
「最後に今までのより数段ヤバイの来ましたわね」
「はあ……ですがオズ。あなたがわたくしのお婿さんになるならば、この学園を巡る戦火の憂いはほとんど解消されるわけですよ。ほらこっちに着きましょう」
「えっ? あっ。それはちょっと魅力的かも!」
「オズきゅん!? お姉ちゃんは許さないからね!!」
「ごめんごめん、分かってるよ」
苦笑してから、手を引いて唇を合わせる。お互い慣れたものだ。唇の感触も覚える程に。
「……全く。オズきゅんったら」
「ありがとお姉ちゃん」
並び立つ。僕は右手を前に出して、ノルンは左の指輪を前にかざした。
「あれ、こんなしっかりと並んで戦うのは初めて?」
「初めてだね。お姉ちゃん頑張るから見ててね!」
「うん、頼もしいよ!」
ノルンだけではない。傍にはキューとアットマもいる。
——人助け、できたかな。いや、まだまだこれからだよね。
辺りに集まり始めた学生らが僕の名前を呼んでいる。この照れの感情にはまだ慣れない。
——随分と人気者になっちゃったみたいだな。
少なくとも前の人生よりは人に好かれているようだ。
「えっ……」
——僕が好かれて……?
「そう……か。僕って……」
これまでの人生が一瞬のうちに脳裏を過ぎた。人を知らず分かろうとせず、犯した罪に意固地になって、最後には死ぬことが是とされた——人生の全てが。
同時に、それらすべてが過去であることにも気付く。
これがこれからの僕の人生だ。
笑って魔法陣を浮かべた。
「それじゃあ——いくよ! 魔法の粋を見せてあげよう!」
若返り賢者の人生やり直し~最先端の魔法学園と学生たちの等身大な悩み~ うつみ乱世 @ut_rns
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