第4話 魔法使いオズ

「ほら、土下座しろ!」「おらあ、さっさと土下座しろやあ!」「土下座! 土下座!」


 マスクをした女生徒が言うのに、やけにスカートが長い女生徒と、眉を剃りすぎている女生徒が続く。

 彼らに囲まれた茶髪に青目の女子、ノルンは辛そうな様子で目を逸らしている。


「わ……わたし……」

「ほら早くせんかい!」


 ノルンは悔しそうに口を結んでいたが、しかし遂に頭を地面に着いた。声を震わせる。


「す、すみません。また今度、払います……」

「はっははは、それでいいんだよ!!」


 僕はそれをずっと、建物の陰から覗いていた。


 ——大変そうだな。


 とはいえ助ける義理は無い。お金を借りた恩はあるが、今から返しに行くところだし、勘違いで監禁された分を考えると彼女に対して借りがあるとは全く判断できない。


 元より、自分は人の不幸に対して浮かぶ感情が薄い方だ。とよく人に言われてきた。


 ——だからこそ前の人生では指名手配にまでなっちゃった訳だしね。


 ふと。


 ——あれ。じゃあ今回だって、なっちゃうんじゃ……?


 向こうで動きがあった。マスクの女がノルンの頭を踏みつけたのだ。


「やっぱ汚れた血は違うなあ!!」


 ノルンの身体がピクリと震えた。静かな、しかし怒りの声が滲み出る。


「わ……私の趣味を馬鹿にするのは、いいけど、私の血は馬鹿にしないでくれる……?」


 マスクの女は下品な笑いを重ねる。


「だってお前、あの大罪人、オズミックの血が流れてんだろ!? そんな奴がなんでこの学園に入学できたのかねえ!」


 ——!?


 それは聞き捨てならない言葉だった。僕に子供はいなかったはずだ。

 ノルンは歯を軋ませながら言い返す。


「お爺ちゃんが……オズミックさんの弟だっただけよ……」

「おいおい! それでも十分じゃねえか!」


 ——弟の孫か! 確かに僕の弟には子供がいた! いや!? そうだとしても、それでいじめるには流石に血縁が遠いんじゃない!?


 あるいは僕は、勘違いしていたのかもしれない。


 ——僕って……大罪人オズミックって、それほどの存在なの!?


「だ、だとしたら……」


 ——いやでも。前は前。今は今。新しい人生で、前のことは忘れて生きていく、そのために僕は若返って……。


 もしかしたらノルンは、僕のせいで過酷な人生を送ってきたのかもしれない。


 ——そっか。それだと同じかも、しれないんだ。若返ってやり直せるって言ったって、また同じように生きたら、同じような結果になるだけなのかもしれない。


「じゃあ今度は、人助けをしなくちゃいけない、のか。そうか、そうだね」

「あん? なんだあガキが」

「いや——そうやって生きてみようか!」

「えっ、君は」


 陰から出てきた僕の姿を見てノルンは目を丸くしている。僕はまっすぐ、彼女の方へ歩いて行った。


「おいガキ! 無視すんじゃねえよ!」


 ノルンの傍で片膝をつく。マスクの女は——何事かと怯んでしまったのだろう、ノルンを踏んでいた足を引っ込めてしまった。


「き、きみ、なんで……」

「ノルンさん、ごめんね」


 僕は、ノルンの頭に手を回すと、グイッと引いて唇を合わせた。


「!!?」


 ノルンの眼が驚きに見開かれる。


「あんだあ!!?」


 女生徒たちも頬を赤らめて驚いていた。


 ——まだ! もうちょっと唾液が欲しい!


「ん、んんん!!?」


 十分な体液を摂るため、ノルンの口に舌を入れる。


「え、え!? ベロチューしてる!!?」

「なんやあこのませたガキは!」

「一体なにごとじゃい……って、アレ?」


 薄眉の女が、僕に魔法phoneをかざしていた。


「え? おかしい、コイツ……魔力が」

「ぷはっ」


 口を離すと、ノルンは僕を見つめてぽーっとしていた。心ここにあらずといった様子。


 きっと何が起こったのか訳が分からなかったのだろう。


「謝るよ、ごめんね。迷惑をかけたみたいだし、せめてこれくらいはさせてもらうよ」


 僕は三人の女生徒に振り返った。彼女らは既に携帯か杖かを構えている。


「な、なんなんだよお前!」「やるんかあ!!」「こんにゃろ!」


 僕は自分の手を眺めた。身体に魔力が流れているのを確認して、グッと握る。


「こんにちは、初めまして! いきなりだけど、ちょっとお仕置きさせてもらうね!」


 マスクの女が隣の二人に声をかけた。


「気圧されんな! 相手はただのガキだ! いつものフォーメーションで行くぞ!!」

「「おう!!」」


 中央、マスクの女が長さ二十センチほどの杖を前に構えて詠唱を始める。


「三位の精霊よ、石畳に咲く花の精霊よ、星空に浮かぶ月の精霊よ——」


 右隣、古風な言葉遣いの女は取り出した黄色いチョークを握り砕いて前方に放った。それは空気中で動きを止め、次第に自ずから動いて丸い魔法陣を形作っていく。


「よし、魔法陣はもういけんで!」


 次に左側、薄眉の女が携帯を魔法陣にかざした。指を素早く動かして何らかの操作を行う。


「簡易術式起動! 法陣のレイヤーコピー! そんで乗算!!」


 彼女の携帯がパッと明るい光を放ったと思うと、空気中に描かれた魔法陣——それを構成する魔力の線が突然、何倍にも太くなった。


「——この魔法の名を聞き届けたまえ、〝氷の槍アイスランス〟!!」


 魔法陣がギュッと収束し、ジャキンと氷の槍が現れた。太く鋭利な槍が四本。ヒュンと空気を切って飛んでくる。

 それらは僕とノルンに当たる直前、壁にぶつかったかのようにして砕け散った。


「なっ……!?」

「凄い凄い。今どきはそんな技術があるんだ。お爺ちゃんだから知らなかったよ。流石に『世界の魔法の最先端』。伊達じゃないね」

「な、なんで防がれて……」


 僕とノルンの前にあった透明な壁がキラリと光を反射した。これが僕の防御魔術。


「〝精霊の結びつき〟っていう古代魔術だよ。機能的な美はあるけど見た目の華が無いよね」


 マスクの女が焦りの汗とガンを飛ばしている。


「なっ、古代魔術!!? その歳であり得な——」


 僕が右手をかざせば、彼女たちの腰の高さに黄色い魔法陣が現れた。三人全員に重なる大きさで、それが五つ。それぞれ僅かに角度を変えつつ同時に発生する。


「じゃあそこな悪い子たち? 身体で覚えて帰りなさい! 魔法の粋は——」


 全ての法陣が回り、一点に収束する。


「『爆発』じゃあ——!!」


 この大爆発は、周囲20メートルを消し飛ばした。向こう100メートルの窓を割る。女生徒たちは彼方まで吹っ飛び、傍にあった体育ホールは半分が消滅した。

 更地のクレーターとなったそこに残っていたのは、防御魔法の内側にいた僕とノルンだけだった。





**





 爆炎を背景に、キュッと笑いながら指を上に掲げる少年。

 ノルンは地面に両手をついて、その横顔を見上げていた。


 ——うそ。私のゴーレム、カッコ良すぎ……?


 唇には情熱的な感触が残っている。はわわと頬を紅潮させた。


 ——せ、責任! ファーストキスの責任、取ってもらわなきゃ!





**





 僕らはその場を素早く離れた。理由は当然、破壊行為の責任を問われるのが嫌だったからだ。

 今はノルンの部屋に二人でいる。


「だ……だから! 僕はノルンさんのゴーレムじゃあないんだって!!」

「んー、分かってるよー少年。あははぁ嬉しい~♡」


 僕は必死に訴えていたのだが、目をとろりとさせて机に張り付いている彼女の耳には、全く届いていないようだった。


「さん付けはやめてよぉ。ノルンって呼んで? もしくはお姉ちゃん。ほら、お姉ちゃん。あそれ姉ちゃん。お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん——」

「お、おね……お姉……さん……?」

「お、おほおおお!? かわい~~~♡」


 僕はノルンにどれだけ気を許したらいいのか、全くもって計りかねていた。


 ——こ、この、語尾にハートがついてるように聞こえるのはどうして!? なんか今朝に比べてかなり悪化してない!?


「あはぁ……あ、名前つけなきゃなあ。名前、えっと……」

「名前あるんで! あるから!」

「へえ? なんて言うの?」


 ——名前、そっか。どうしようかな。オズミックはかなりの悪名らしいから……。


「じゃあ——オズ。オズって言います」

「オズきゅんね! よろしくオズきゅん、ずっと一緒に生きていこうね」


 ノルンは首輪を持ち上げながら笑顔を浮かべた。僕はただ目を泳がせるしかない。


「ず、ずっと一緒に……かは、分かんないっ……すねえー……」


 ——先行きが不安だっ!!





◯ノルンのノート——魔法陣とチョーク

 魔法陣はチョークやペンキと言った土台があると生成が容易になる。初級者は魔法陣を手ずから床や壁に書くところから始める。空気中にリアルタイムで魔法陣を描くのは、そこからかなり上のレベルである。更に研鑽を積むと土台無しでの空中魔法陣が可能になる。

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