第15話 ミオンとアットマの差し合い
僕の前には、この学園における最強チーム、その三人がいた。
ブレザーの下にパーカーを着こんだ、背が低めな男子。金髪の彼が握るのは、小銭を束ねて結び、剣に見立てたものだ。長さ自体はナイフくらいのもの。
——銭剣か、道士系ね。用意してきた道具で戦うタイプ。
最初に突っ込んできた彼が銭剣を振ると〝精霊の結びつき《フィー・ド・リンク》〟が切り開かれてしまった。
——なるほど、君はそういう役割ね。
間髪入れず、女生徒の鉄扇が振られる。風の刃が襲いかかってきたが、〝
「くっ——!」
「おや」
疑問の音を挙げたのは鉄扇の女子。宝石のようにギラリと輝くルビーの瞳。ボリュームのある桃色の髪は腰まで伸びる。かんざしをチャラリと鳴らす。
「もう一回やってみましょうか」
「また反射されて俺が死んじゃうのでやめてくださーい」
「はあ。ロウラン? さっさとしてください」
指に挟んだ呪符を前に構えて魔法を唱えていたのが三人目。背が高い方の男子。黒の長髪を先の方で結び、額にはポツリと赤い印を描いている。足元には四角い魔法陣。
「——この魔法の名前を聞き届けたまえ。〝
僕は詠唱中の男子を注視していたのだが——魔法が発動した途端、彼の四肢が深く切り刻まれた。刃物で襲われたような傷が一瞬にして全身にできる。
「あっしまっ——」
——見るとこ間違えた。あの子が傷を引き受けたなら——。
「貰った、ほいさっ!」
目の前。代わりに身体の怪我を回復したパーカーの青年が僕の頭を銭剣でコツンと叩いた。身体に纏っていた〝魔法反射衣〟がパラリと切り開かれる。
「ではトドメ」
女子が扇子を振る。風の刃に襲われる——直前に。僕の魔法の宣言は間に合った。
「——〝
僕が唱えてから寸秒、一秒にも満たない時間、この廊下から大気と光が失われた。
目の前の三人が、全身の穴という穴から血を吹いて倒れる。
僕は改めて〝魔法反射衣〟を纏い、更に回復の魔法陣を手元に作った。
「凄い凄い。学生の身で僕にこの魔法を引き出せた時点で君たちの勝ちみたいなものだよ」
まずは目の前の男子を回復する。起き上がった彼はたははと頭を掻いた。
「負けちゃった。お嬢様の〝
「扇子を振る動作が必要なのは、ここに風が存在しているという『理屈』が必要だからなんだ。理屈が無くても魔法は使えるけど、難易度が上がるんだよね。扇子なしだと屋内で無詠唱とはいかないんじゃないかな?」
「地下に宇宙を召喚する人が言うと説得力ないねえ」
次に長髪の青年へ。全身の傷はすぐに塞がる。
「チッ……どうも。で、さっきお前が使った、僕たちを一網打尽にした魔法が——」
「〝星〟の系統の最上級魔法、〝宇宙空間〟だね。宇宙に風は起こらない——これは扇子を振るよりも『理屈』が強かったみたい。だから風の刃を消すことが出来た。ただ、この魔法は殺傷性が高すぎるから、あまり使いたくはないんだけどね」
「あくまで目的は防御で、僕たちを倒したのはついでだったってわけか。笑えないな」
最後に扇子の女子——なのだが、倒れた彼女に右手をかざそうとした瞬間——。
風の刃が巻き起こって僕の首筋を撫でた。
「いっ!?」
激痛が走る。右手で首筋を押さえれば、どくりと温い。
「お嬢様、一体何を!?」
とはいえ右手には治療の魔法陣がある。傷はすぐに塞がった。膝を曲げて話しかける。
「ねえ。僕が魔法反射を解くのが間に合ってなかったら、君、死んでたよ?」
魔法発動の気配を察知した瞬間、僕は咄嗟に〝魔法反射衣〟を解いていたのだった。そうしなければ、反射した風の刃は扇子の女子に跳ね返っていたことだろう。
彼女は全身のダメージにピクピク震えながら、ぽつりと溢した。
「扇子なんて……振らなくても。撃てます、から……舐めないで」
——え? そんな理由で死ににいったの?
振り返ると、男子二人はそれぞれ別の方に目を逸らした。
「あ、ああうん。お嬢様って——」
「チッ。この女、死ぬほど負けず嫌いなんだよ。だから一位なんだ」
「はあ。では自己紹介をさせてもらいましょう。わたくしが姓はエン、名はミオン」
「俺はリー・コンです!」
「チッ、僕がトウ・ロウランだ」
「どうもこんにちは! オズです!」
みな、床に腰を下ろして雑談の運び。
「で、お三方はここで何をやっておられたのでしょうか?」
ミオンとロウランはコンに目を遣った。コンははいはいと笑いながら身体を乗り出す。
「俺たちはアカラ様に直談判するためにここに来たよ」
「アカラ? アカラが……そこにいるの?」
廊下の奥の、堅牢極まる扉。三人の掘った穴があの奥に直接繋がっていなかったことを考えると、向こう側は物理的にも破壊は難しいのだろう。物理的にも魔法的にも最先端の隔離空間ということだ。
——そんなところにどうして?
「え? それすら知らないの? じゃあゴーレム少年はどうしてここに?」
神様について話し始めると長くなりそうだったので、経緯を説明することはしなかった。
「直談判、というと?」
「あ、ごめん、こっちから聞いちゃって。えっとね、俺たちが一位じゃなくなるのって時間の問題でしょ?」
「うん。僕が勝つからね」
「はは……。でも、俺たちの国の偉い人から『あと三か月は首位を死守しろ』って指示が出てね。だから、模擬戦をそれまで中止してもらえませんかってお願いしにきたんだ」
それからのコンの話を纏めると——帝国は三か月後に大きな進軍の予定があるのだが、この進軍の必要性に関しては帝国内でも意見が割れており、この三人の順位次第では進軍が無くなりかねない——らしい。
「まあ、バレてしまった以上、今回の悪だくみはご破算だねえ」
「チッ、仕方ないか。撤収だ、お嬢」
「はあ。そこなゴーレム、このことを学園に告げ口するというなら——命を覚悟なさい」
「い、いや。お願いしにきたくらいなら、別に悪いことないんじゃあないかな?」
「そうですか。では次に会うのは……できれば会いたくはありませんね」
三人は去っていった。ミオンはため息をつきながら一瞥もくれず、ロウランは舌打ちをしつつ会釈に頭を下げ、コンは——去り際に手を振ってくれた。
「じゃあね!」
「あ、はい!」
こちらも手を振る。
——他の二人は態度悪かったけど、コンって子はいい感じだったな!
**
地下道を行く三人。
「どうしてバレたんでしょうか」
「ね。あの少年はどこまで知ってて止めに来たんだろうね。俺たちがアカラを暗殺するつもりだったって知ってたのかな」
「チッ。お嬢、次はどうする」
「次? 一位を死守するしかありません」
「試合になったら絶対に負けるけど?」
「彼らは今週六位になりましたが、五位以上は一位ずつ上げていかなければなりませんから——私たちに辿り着くのは、五週間後ですね。それまでに……はあ。喋りつかれました。コン? 後は分かりますね?」
「えー? 分かんないかも」
「チッ、わがまま女が。コンもしっかりしろ。——この五週間で、あのチームを試合以外で『事故死』させてくってことだよな。アレはゴーレムでしかない以上、一人でチーム戦には参加できない」
「ははあ。二人とも頭の回転が速いね。了解だよ」
三人はカモフラージュの研究室まで上がってきた。それぞれ伸びをする。
「はあ……。もう携帯をつけていいでしょうか?」
「まだ待てお嬢。この学園の魔法ネットワークに繋がったものは、どこからハッキングされて盗聴されたり位置を追跡されるか分かったもんじゃない。大通りに出るまで我慢しろ」
「はあ。早くご学友にメッセージのお返事をしたいんですけど」
「ダメったらダメだ!」
「はああああー……ダルいですねえー……」
コンは二人のやり取りを見て適当に笑いながら、自分の携帯を取り出した。ずっと起動していたことを確認して、またポケットに仕舞った。
**
「はあ、はあ……」
学園の大通りまで走ってきたアットマ。左耳のインカムには、先の三人の会話が流れてきている。コンの携帯から盗聴しているものだ。
「リーが携帯の魔力を、切り忘れててくれてなきゃ、今の会話は、聞けなかった。本当に、本当にヤバイ。アイツら殺すとか言ったぞ。へ、平然としてた。マジで殺すつもりだ」
アットマは焦った様子で首を回す。
「ど、どど、どうする。誰かに伝える? いや、ボクなんて半分共犯なのに、誰かに伝えたら退学になっちゃうよ。そ、それは嫌だ……いや人命に比べれば些細な問題かな? いや、いやいや、いやー、どうしよう。いやああああどうしたらいいんだろおおおお」
アットマ・マーチン。アカラ暗殺の目論見は潰したものの、また一難。
**
僕はアカラのいる空間、その扉に浮かび上がる防御術式に触れた。
手を付いて、しばらく立ち尽くす。
「開けては……くれないか。そうだよね、会う資格も無い。僕は君のお父さんを殺したんだから。許されないと……ずっと思ってるよ。ごめん。謝るのが遅くなったね」
ゆっくりと手を放して、その場を後にした。胸に残る後悔は見ないふりをして。
「挨拶はこれで済んだかな、じゃあ、さようなら」
◯ノルン豆知識——精霊
世界に遍く存在している魔法のエネルギー源。虚位+一位~七位で合計八つの種類がある。
色次第で起こる反応が変わる。空気中に現象を発生させるのが三位(黄色)の精霊で、人間にとって最も親しみのある精霊がこれである。人は生まれつき馴染む精霊がある程度決まっているが、三位との相性が致命的ではない限り、ほとんどの場合で三位の魔法を修練することになる。私は例外。
〝ゴーレム〟が属するモノに宿る魔法は四位(緑色)。事前に用意したもので戦う点で、その場その場で詠唱や魔法陣が必要な三位より優位に立つ。けれどゴーレムの運搬にかかる魔道具が大抵かなりの高額なので(私の指輪は代々伝わる家宝)、そこを考えるとやはり杖とチョークさえあれば使える他の位の魔法に比べるとマイナーになるのも仕方はない。
精霊は大気で言うところの風にあたる運動が起こっているようで、淀みが発生することがある。淀みで凝縮された精霊は妖精となり、このとき初めて目に見える形になる。妖精はまれに高度な知能を持ち、魔法を行使することがある。場合によっては生物や物体を依り代にすることも。こういうものはモンスターや妖怪などと呼ぶ。
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