第28話 一番弟子の意地

 オズは満を持してアカラの元へ向かった。

 再び訪れた真っ白な地下通路の奥、大金庫のように頑丈なハッチの前にて。

 彼の前に、二人の人間が立ち塞がる。


「よお坊ちゃん。数日ぶりだな」

「はあ。二度あることは三度あるということで」

「ルルキスと——ミオン!?」

「はい、わたくし姓はエン、名はミオン。オズ、会えて嬉しいです」

「色んな悪事がバレて謹慎してるって聞いたけど……」

「謹慎で済ましてもらう代わりにこの女の言いなりになっています」

「な、なるほど。で、二人とも、なんでここに?」


 ルルキスはお腹を抱えて笑う。


「あ、はは、はは! そんなの坊ちゃんを止めるために決まってんだろ! あーしは自分の実力を鑑みて、坊ちゃんにこの先を諦めてもらうために、この女に助力を求めたわけだ」

「……どうして、僕を止める必要があるの?」


 ルルキスは少しうーんと考えてから、ポッと口を鳴らして、そして笑った。


「そうだな折角だ。語らせてもらおう」


 大きなジェスチャーを交えながら。


「クレ公はさ。アカラ様から一度だって振り向かれたことは無い。本気で弟子として意識されてるのかも分からん。だってのにずっと、ただの小間使いとして仕え続けたんだ。なあ、それに比べてオズミックって人間はこれまでアカラ様のために何をしたんだ? 何もしてないよな。何もしてなかったヤツが、アカラ様を半世紀放っておいた奴が、クレ公の三十年を平然と奪い取ろうとしてんだよ」

「つまり君は、クレイトスさんの指示を受けて——」

「——ない。あーしは、ただ自分の勝手で、ここに立っている」


 嘲るように笑うのは、誰に向けてか。


「クレ公は自分がただの小間使いだってことを誰よりもよーく理解してるからな。坊ちゃんがアカラ様を引き受けるってんなら、なんてことはなく身を引くさ。ハッ。なんとも滑稽で無意味な笑い話だ。だってそうだろう? 自分の半生を捧げた存在に、はいじゃあお役御免です今までお疲れさまでしたって言い渡されて、文句の一つも言わずに姿を消すつもりなんてよ」


 ポケットから携帯を取り出す。


「クレ公の人生だ。どうしようが本人の勝手だ。それは分かるよ。でも傍から見てたらさ、ちっとだけ、やるせない気持ちになんだよな。ずっとただ一人のお方のために務めてきたのに、それが全く報われないだなんて悲しすぎる。情けの一つくらいはあったってバチは当たらないだろ。それすら拒むってのか? いいや、そんな運命、クレ公が許したってあーしは許さない。許して、たまるか」


 背筋を伸ばして、杖を前方に構えた。


「それが——あーしが立ちふさがる理由だ。滑稽で無意味な戦う理由だよ!」


 最後にその蛇のような舌で唇をペロリと撫でる。無鉄砲なまでの自信を見せて。


「改めて! ここに立つあーしこそが──大賢者クレイトスの一番弟子、ルルキス・セラピー!! 『王国最優』の肩書きにかけて、ぶっ倒させてもらうぜ、オズミック!」


 ミオンがため息をついた。チラリと後ろに目を遣りながら。


「はあ。演説、終わってしまいましたけど。そろそろ開錠は終わりました?」

「——あ?」


 ルルキスが振り返ると、全ての魔力鍵を解かれたハッチが大きく開かれていた。向こうからオズがひょこんと首を出す。


「うん、終わった! ありがとうミオン見逃してくれて」

「いえ。将来の結婚相手として、これくらいは当然のことです」


 オズの表情がピシリと固まった。


「み、ミオンそれはあのっ今は——」

「「はあああああ!!?」」


 ルルキスがまた前方に目を向けると、ノルンとキューがアットマの置いた幻覚膜から飛び出てきていた。ルルキスがそれまで見ていたオズミックの虚像は空中に溶けてしまう。


「オズきゅん!? まさかミオンさんにまで手ぇ出してたの!? 聞いてないんだけど!」

「なあ眷属、自分が誰のもんか改めて教育する必要があるんじゃあなくて?」

「あっ、その。すみません。じゃっ失礼します」


 オズはシュッとハッチの裏に引っ込んで奥へ進んでしまった。最後に一声残して。


「あっルルキス! 僕はだから、心配いらないよー!」


 アットマが向こうを覗くように首を伸ばす。


「あっ……オズ、逃げたね……」


 ルルキスは呆気に取られていた。


「なんだこれ」

「はあ、茶番。ですが幸運、としましょうか。オズの周りの女を間引く良い機会です」

「へへん、私たちだって多少は強くなってるし? ミオンさんにだって負けないからね!」

「私ら実はこの学園で一番強いチームですのよ。おどれら如きに負けるわけありませんわ」

「と、とと、ともかくボクら、時間を稼がせてもらうから!」

「まずはアットマあなたから。守秘義務という言葉の重みを骨の髄まで味わわせましょう」

「ひいい!? ぼ、ぼぼ、ボクやっぱりミオンさんに着こう——」

「アットマはん?」「アットマさん?」

「いやはい、こちら側でやらせていただきます。〝マッチのタイニーマッチ〟~」


 残り四人の眼中にはもうルルキスの姿は無い。なんとルルキス、蚊帳の外。


「え、いやそのちょっと、え? あーしのさっきの恥ずい話は? 誰も聞いてなかったってこと? おいおい、おいちょっと、は? マジかよ勘弁してくれよ……」

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