第27話 運命のいたずら
僕は図書館でこの学園の歴史を調べていた。ノルンも僕の持ってきた資料をパラパラとめくっている。窓際の席に二人。
「この学園で模擬戦が始まったのが十年前なんだ」
「宮殿区に『人間の死を回避する転送術式』が設置されたのも十年前だね」
「更に、アカラの『若返り』が見られるようになったのも十年前。——となれば、やっぱりこの頃になにか大きな出来事がアカラの身にあったのかな」
「うん……」
ノルンからは空返事。
「お姉ちゃん、ありがとう僕の個人的な興味に付き合ってくれて。退屈だったらごめんね」
「退屈……ではないんだけど」
「じゃあ何か悩み事? 僕で良ければ相談に乗るよ」
ノルンは頬杖を突いて、差し込む夕陽に目を遣った。
「そう……だね。そろそろ話すときかも」
「僕がもうお姉ちゃんについて知らない事なんて無いと思ってたけど」
「十年前のこの学園に、アカラ様に何があったのか。私は詳しく知ってるんだ」
僕が驚きを態度に出す前に、ノルンは「ただし」と人差し指を立てた。
「このお話が終わったとき、一つ質問させてもらうから、絶対答えてね。約束だよ」
**
私は昔から恋物語が好きだった。劇的で、刺激的で、運命的な恋愛に憧れた。
けれど現実はそう簡単じゃない。そんな恋愛を体験できるのは稀有な人間だけ。
私に告白してくれた男の子もいたけれど、どうにもときめかなくてすぐに振ってしまった。いや実はちょっと悪くないなとは思ったんだけど、でも性欲を感じた瞬間に、なんだか冷めてしまった。もちろんそういうものだとは思うんだけど……なんだか、性欲が恋愛感情に関与しているなら、その恋心は本物ではないんじゃないかと思っちゃって。
じゃあ恋心って何か?
運命の相手とはどこにいるのだろうか。
ありがちで下らない悩みだよね。だっていうのに、真剣に相談に乗ってくれた人がいたんだよ。
それは、十年前のこと。
「ねえ、賢者様」
私は屋敷を立ち去ろうとするアカラ様に声をかけた。
「おや、あなたは?」
その時のアカラ様は、もう立派なお婆ちゃんだった。
「私、あの、さっきのお話、聞いちゃって。少し賢者様とお話ししたくて」
「……? 時間はありますから、構いませんよ」
私たちは場所を移した。私は机に身を乗り出して尋ねた。
「ねえ、さっきの話、本当ですか? 賢者様は好きな人のために人間を辞めるんですか?」
それは、私のお爺ちゃんと話していたことだった。アカラ様は最期に、オズミックさんへの遺言を頼むため、私のお爺ちゃんに——オズミックさんの弟に会いにきたんだ。
「ええ。本当ですよ。私は私の好きな人のために、学園を存続させるために、人間を辞める魔法を使います」
私の質問は、とても不躾で無遠慮なものだったと思う。
「あ、あの、その! 聞かせてくれませんか! 賢者様とオズミックさんのことを! 私……賢者様とオズミックさんのお話が気になるんです!」
私は、それほどに愛される存在とは何なのかを確かめたかったんだ。恋心を所以にして、その人のために死ねるなら——それは絶対に「運命の相手」に違いないと思った。
アカラ様は嬉しそうに笑った。
「まあ、いいんですか? 長くなっちゃいますよ」
目の前にいるのは、運命の相手に焦がれ続けた、恋慕に人生を捧げた人間だった。それは私の理想の人生だった。
お話はとっても盛り上がった。ノートを広げて、オズミックさんの絵を描いたりもした。
「こんな感じ?」
「もう少し目元は丸く見えたかしら」
「じゃあ——こんな感じ!」
「まあ! 絵が上手ですね!」
「ありがとうございます!」
アカラ様は私の恋愛観の相談にも乗ってくれた。そこでお勧めされたんだ。
「じゃあ、自分で造っちゃったらどうですか?」
「え? 自分で造る、ですか?」
「性欲が気になるんでしょ? じゃあ性欲が無い年頃の男の子を造ればいいんですよ」
「なっ……なるほど!! 賢者様天才!!」
「ふっふふふー。オズミック程じゃあありませんけどねー!」
最後に尋ねた。
「賢者様にとっての運命の相手って、何なんですか?」
「そうですね。私にとっての運命の相手とは——『この身を捧げる』と自分で決めた相手のことです。そう思わせてくれた相手です。恋なんて結局は自分の心の中にしかないもの。ならば、運命の相手を定めるのだって、自分自身なのだと——私は思います」
この身を捧げてでも応援したい人。身体を失ってでも愛したい相手。
もし自分が嘘偽りなくそう思えたならば、少なくともそれは絶対に性欲の介在しない愛だ。だって、身体が無くなっちゃったらエッチなことはできないからね。間違いない指標になってくれる。私が誰かを性欲抜きで愛せてるっていう指標になる。
気持ちを確認するのに少し時間をかけちゃったけど。でもきっかけがあったから。「この身を捧げられる」って、私は確信できた。後は言葉にするだけ。
**
「私はあなたのことが好きです」
ノルンは微笑みを浮かべていたが、しかし緊張から身体を微かに震わせて、声には泣きそうな気配すらあった。
「あなたは、最初からずっと、私の運命の人でした」
僕はどんな表情をしていただろう。酷く納得感があって、しかし気持ちは複雑で。
「だから聞かせて。あなたは——」
彼女はきっと最初から違和感を感じていた。
「オズなの? オズミックなの?」
この四か月で、様々な点を見つけてきたのだろう。そして遂に繋がってしまったのだ。
「はあ……ごめんね。もっと……勇気を出して、言わせてもらうね」
僕たちは出会うべくして出会い、こうなるべくしてこうなった。
ノルンは涙を拭ってから手を組んだ。真っ直ぐに僕を見据える。
「私を選ぶか、アカラ様を選ぶか、今この場で決めて」
僕は答えた。約束通り。
そうして、恋を哲学する僕のお姉ちゃん、ノルンが仲間になった。
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