第22話 六日の菖蒲
その日、号外が出た。
外遊に出られた王太子の船がクラーケンに襲われた。捜索隊が出されたが、乗組員も含めて絶望だという。海路は、決して安全というわけではなかったが、一般航路にクラーケンが出没するのは異例だ。逸れのクラーケンが、偶々現れたと結論付けられており、このクラーケンは王弟により討伐されたとも、伝えられた。
今までウイリアムがしていた事は、王太子へ魔方陣を送ることが中心だった。彼の自宅の部屋には小さな転送用の魔方陣が置いてあり、王太子の部屋にはその対になる魔方陣が置かれている。お互いに簡単な連絡や、魔方陣のようなある程度の大きさの物をやり取りすることは出来るようにしていた。
今回の外遊に関しては、用心にいくつかの魔方陣を渡していた。
「アイザック、何があったんだ」
ウイリアムは直ぐにとんだ。
「退職する? 」
「はい。こちらが退職届になります。受理をお願いします」
「君は判っていないね。君の都合で退職できるわけがあるまい。自分の立場がわかっていないのかね。君は、処罰としてここに在籍しているというのに……」
「私が法律を理解していないと仰るんですか。理解していないのはあなた方の方だと思います。
少なくとも第七王国は、法治国家です。裁判も開かれていないようなモノに処罰も何もないでしょう。拘束の権限はないでしょう」
ウイリアムは冷静に対応したが、魔法省長官は言葉を荒げた。
「それは、王家が穏便に済ましてくださったからだろう。お陰で、君の実家は潰されることなく、弟君が継げたのだろう。
君が魔法についてだけは優秀だったから、このような待遇になったのだ。王家の温情に逆らうというのか」
冷めた目でじっと彼に見られて、長官は鼻白んだ。
「温情? では、私の特許を取った魔方陣の扱いについても、その温情とやらでしょうか。
魔方陣の基盤の販売、なおかつその販売した基盤の魔力注入、そちらの代金はどちらに入っているのですか。
作成者の許可無く、魔法省もしくは関連施設以外に対する魔方陣基盤の販売は、国際法上で禁止されているはずです。
貴方方はそれを理由にして、他国に魔方陣基盤を輸出していませんでしたが、国内では随分と様々な場所で販売されてましたよね。
他機関に販売した魔法基盤の魔力注入は、どうされていました。魔法省の分だと言われて、無料で奉仕しましたが。本来ならば、それも違法ですよね。
それから、私の方に報告が上がっている魔方陣の販売数も正確ではありませんよね」
「し、証拠があるというのか」
ウイリアムは、幾つかの書類を目の前に並べた。
「これは、写しですのでそちらで持っていて貰っても問題ありません。原本は私の方で保管してあります」
ウイリアムの魔方陣に関する二重帳簿、魔法基盤の販売先とその魔法注入回数に関する書類など、様々な証拠書類が並べられた。これを以て訴え出られれば、勝ち目はないだろう。
ここで訴訟を取り扱うのは、連邦裁判所であり、揉み消すのは無理だろう。
「違約金を含めて未払いの代金を内々に支払っていただけますか。それとも大陸国際裁判所に訴訟を起こしますので、戦いますか」
彼はニヤリと笑い、
「私の魔法省の退職の承認をして下さい」
と続けた。
逆らうことなく、与えられた仕事を次々と熟すその姿を、彼等は見誤っていたのだ。彼は従順な家畜であると。
確かに、当初は無気力であり、何もかもがどうでもよくなっていた時期があったのは事実だ。なぜ、あれだけ無気力になったのか、今の自分でも判らないが。
(牢に居たときの食事に薬でも盛られたか)
だが、徐々に彼は自分自身を持ち直していった。自分が何をしたいのかを、見つめ直したのだ。そして、準備していった。
退職手続きをきちんと終え、ウイリアムは魔法省を去った。
長官達は勘違いをしていた。彼の退職を認めさえすれば、魔方陣に関する事は有耶無耶になると。だが、ウイリアムはそこまで親切でもない。それに彼は、訴えないとは言ってはいない。
翌日、彼が今まで魔力を注入していた魔法省や関連施設にあった魔方陣の基盤からは、すべて魔力が抜けていた。また、数日後、大陸裁判所から魔方陣特許に関する訴状が届くことになる。
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次回更新予定は11月14日です。
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