業務日誌 2

  年  月  日


どんな人物が、館長になったとしても、館長を受け継いだ途端、王立図書館に相応しい人物になると言われている。

だからこそ、館長就任の儀は大切なのだ。図書館が認める館長は、あの就任の儀をへてなければならないから。

基本的に、次代の館長を選ぶのはその時の館長なので、滅多なことはない。



  年  月  日


 館長が、倒れたという。寝込んでしまった事から、業務が滞るということで新たな館長が、勝手に選出された。

そこまで具合が悪いのだろうか。お見舞いに行きたいと、館員達が挙って入院先を聞いたが、教えてもらえなかった。絶対安静だそうだ。



  年  月  日


 館長就任の挨拶はあったが、館長就任の儀は行われなかった。就任してきたのは、アシヌス公爵とかいう人物だった。



  年  月  日


 新しい館長から呼び出しを受け、館長室へ赴いた。そこで言うには、新たに写本係を複数人任命したから、その人達に写本の仕方を教授するようにと言いつけられた。

面白い。写本が出来るならばやってみるが良いと思い、写本室にまで皆を案内すると言った。


先ず、地下書庫に入れない者が出た。図書館員でも稀にいる。新たに館長を名乗る男も入れない。成程、これでは館長就任の儀を行えないはずだ。知りもしないだろうが。

館長を名乗る男は、自分達を地下書庫に入れるようにと、私に命令してきた。面白い男だ。


「私に言われても、困る。地下書庫に言ってくれ。入れないのは、地下書庫に入る資格がないからだろう」

そう答えた。


「馬鹿なことを言うな。字が綺麗だというだけで、無教養な人間の分際で。お前は、私を馬鹿にしているのか! 貴様など、クビだ。館長の名の下に言い渡す。さっさと出て行け! 」

そう、自分が館長だと主張する男が怒鳴った。


すると、図書館内に閉館の時に聞こえる音楽がなり、一斉に消灯した。私以外の館内にいた全員が、館員も含めて図書館の外へと出された。

図書館はロックアウトされた。

以後、誰も図書館に入れなくなった。



  年  月  日


 館長が復帰した。あの公爵とかいうのは、排斥されたらしい。館長は具合が悪かったのではなく、アレに監禁されていたという。

 館長が戻った事により、無事に図書館が再開された。

 今回は、公爵が王立図書館にあるという秘密を知ろうとして仕組んだものだという。写本係を自分の手駒とする事で、何か手に入れたいものがあったようだ。



  年  月  日


 王太子が廃嫡された。あの公爵の娘が、王太子の婚約者だったらしい。今日、館長が貴族牢に収監された王太子に、忘却の本を持っていった。

間抜けな国王が、中途半端に口伝を王太子に伝えた。その王太子が婚約者に話し、婚約者が父親であるアシヌス公爵に告げたと。何と口の軽いことか。

公爵は、樹海を渡る方法がこの地下書庫にあると思ったという。それで、館長を監禁し、議会の関係者に金を握らせ、館長職に就いたという。ご苦労なことだ。


だが、これで地下書庫に興味を持つものが増えるだろう。面倒なことだ。



  年  月  日


 この図書館にある本、知識は様々な答えの用意はできる。だが、それを使いこなせるかどうかは、得た者次第だろう。

この頃は魔法と魔術の違いもわからなくなっている気がする。魔法と言いつつ、魔術であったりしている。

新しい知識を積み上げることは良いことだ。かと言って、古い知識を蔑ろにするのは違うだろう。その古い知識が新しい知識の土台なのだから。


新しい知識の根源、歪んだならば、何処で歪んだのか。それを知るためにも、古い知識は必要だ。上水うわみずだけでは、理解できない部分がどうしても生じる。そこまで、求めるかどうかは、その者次第なのかもしれないが。

地下書庫は、それらを欲する者の為にある。ただ、それだけなのだ。



  年  月  日


 何処から迷い込んだのか。その少年が言った。

「騙されなくなる本が欲しい」

 父親が騙され、蓄えが無くなり、一家離散したという。彼は気がついたら一人になっていたという。


「知らないから、騙された。知らないほうが悪い」

という言葉を聞いて、図書館にやってきたのだという。

「ふむ」


「知らないと騙される事が、書いてある本が欲しいんだ」

「そういう本は、難しいですね」

「難しくとも、ちゃんと覚えればいいんだろう」


「あー、そういうことじゃないんですよ。その状況によって、知っておいた方が良い事が違うんです。だから、コレ一冊というモノは無いんです」

少年が、残念そうな悔しそうな顔をした。


「あんたも、図書館もそうやって俺をバカにするのか。知らないほうが悪いって」

どうにも少年は、こちらの意図を取り違えたようだ。


「そんな事は言ってません。先ず知らないなら、知れば良い。貴方はそう思って、ここに来た。それは馬鹿にされる事ではありません。

貴方は騙される方が悪いと言いましたが、それも違います。騙す方が悪いのです。だって、悪い事をした者が悪者でしょう。

騙された事は、悪い事をしたわけではないですよね。ただ、残念ながら、騙されたからと言って救済措置が取られるとは限らない。

だから貴方は一人になってしまったのですよね」


少年は、こっくりと頷いた。

「貴方に今必要なものは、暮らすための手段。それから、これから貴方自身が生きていくための知恵と知識です。それらは、たった一冊本を読めば判るなんて簡単なものではないでしょう」


「知恵と知識は違うのか」

「違います」

「僕は、これから生きていく為に賢くなりたい。どうすれば良いのか、教えてください」


「そうか。では」

私は書き付けをして、少年に渡した。

「これを受付にいる女性に渡して、またここに戻っておいで」


少年の魔力量は非常に大きかった。このまま、埋もれさせるのが惜しいほどに。

そして、彼は「賢くなりたい」と言った。

私には、多少の権限がある。それを使うことにした。書き付けで館長を呼び、彼を地下書庫の雑用係として雇うことにした。




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次回更新予定は11月16日です。

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