第3話 お気に入りの店のクッキー

 翌日、ウイリアムが再び地下書庫へとやって来た。


今日の案内はいない。どうやらウイリアムが場所は判るので、と断ったらしい。


地下書庫は、慣れない人間が入るにはちょっと複雑だが、慣れていれば行けないことはない。大体、普通は数回で慣れると後は案内が付くことはないのだ。

だから、そう言われてしまえば、案内役は付くことはできなかった。受付さえ済めば、出入りは可能だ。


地下書庫へ来ると、彼は一言マリアに声を掛けて閲覧室へ入っていった。いつもは、終了時間まで現れることがないはずが、再び休憩時間に写本室へと入ってきた。今日は本を持っていないようだ。お茶にしようとしていたマリアは首を傾げ、

「どのようなご要件でしょうか。昨日依頼された写しはまだできておりませんが」


ウイリアムは、彼女の前にクッキー缶を差し出した。

「いや、昨日はクッキーをご馳走になったので、そのお礼に。これは、私のお勧めのモノだ」

彼は、まだ幼さが残るマリアのオヤツを食べてしまったと、気がとがめていたのだ。

「ありがとうございます。では早速、3時のお茶はいかがですか」

マリアはシンディがあの後差し入れしてくれたマフィンを棚から取り出した。




 それから、ウイリアムが地下書庫の写本室へ顔を出す頻度が増えた。


勿論、本の閲覧にも来ているが、それ以外にも顔を出すことが増えた。館員の女性陣は地下書庫の本についての話を、マリアに聞きに来るようになったのだと噂している。

きっと新たな研究テーマの手がかりをそこに求めているのだと、彼女たちは様々な憶測を繰り広げている。


ただ、その知識を出し惜しみし、マリアがなかなか与えないために、彼が時間を作っては此処に通って来ているのではないかと、噂は続く。自分達と同じように、マリアもウイリアムに岡惚れしているのでは、とも囁かれている。


だが、マリアは彼の求めているモノが噂通りでないことを、よくわかっている。まず、彼はここにお菓子を食べに来ているのだと。本の閲覧以外はお茶の時間を狙ってきているのだから。


「お茶の時間ぐらい、ご自分の研究室でされたらいかがですか」

「いいだろう。そうすると、君はこの王都一と言われている店の、は食べられなくなる」

「ぐっ」


ウイリアムは王国内の店に大変詳しいらしい。珍しい物や手に入れる事が難しいと言われるお菓子をよく持ってくる。休憩時間を狙って現れるのだから、結局はお茶会となる。仕方なく、昨日貰ったシンディのフィナンシェを出した。

ウイリアムは満面の笑みで、新商品を差し出した。彼にとっては、シンディのお菓子がどこよりも美味しいらしい。


「今日こそ教えていただきたい」

「本人に確認したら、嫌だと言われたから、駄目」


マリアは知っている。館内の皆が噂するウイリアムが知りたい真実とは、このなのだと。

「それは、非常に残念で、哀しい事だ。もし可能ならば、その人物が作ったエッグタルトを食べてみたい」

「プロじゃないんだから、そんなの頼めないよ」

「そうか。そうすると、館員の誰かかな」

そうやって、攻防は続いていく。



 実際にウイリアムの噂話では無いが、地下書庫にある本についての質問を受け付けるのもマリアの仕事の一つだ。

地下書庫に訪れるのは何も館員と本の閲覧を予約した者だけではない。マリアに本の事を聞きに来る人達もいる。受付で確認し、マリアの手が空いている時であれば、案内される。


地下書庫の目録はある。だが、調べたいテーマに沿って、マリアにお勧めの本を聞くのも一つの手だ。凡そ本の題名だけでは、判らない事が多い。中には題がないものもある。だから、こういったテーマだったら、どのような本があるかといった質問などを受け付けているのだ。地下書庫の本は古いものから新しいものまで多種多様で、冊数も多い。だから、そのナビゲーターの役割を果たしているといったら良いだろうか。

これは、写本係が2年から3年目になると仕事の一つとして発生する。



「地下室の魔女という言葉についての、何か本はあるか」

「地下室の魔女ですか。……いいえ。そういった事に関する書物は、地下書庫にはございません」


今日も、地下書庫の書籍に関する相談者がやって来た。横柄な感じのする大柄の男性だ。

「そうか。では、この地下書庫についての本というのは、どうだ。もしくは、この地下書庫で務めていた者に関しての本とか」


「ございません。ここにある本の多くは歴史書と魔術書、魔法書が中心になっております。歴史書については、この図書館について記述されているような本はありません。地上階に行かれた方が色々とあると思います」


この地下書庫にそんな関係の本は無い。今までもそれについて調べた人間はいるが、それらをまとめた本に関しては、地上階にある。


この手のことを聞きに来る人間が一定数いる。何故、そんな本を此処に求めるのだろうかと、マリアは少しウンザリしていた。

丁度そこへ、ウイリアムがやって来た。


「あれ、カーディフ卿。貴方が本を読むなんて珍しい。何しにここへいらしたのですか? 」

「失礼じゃないか、ウイリアム。君こそ、何しに来たんだ」


「私は、お願いしていた写しの催促に来たんです。少々急ぎで欲しい部分が発生しまして。そこだけ急ぎで済ませて、先に貰えないかと交渉しに来たんです」


今日のウイリアムには、表向きのちゃんとした理由があったらしい。


「それと新しい本の閲覧希望を出しに来ました。私は貴方と違って、ちゃんとした利用者ですから」

むすっとしたカーディフ卿は、そのまま地下書庫を出て行った。




*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

次回更新予定は10月3日です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る