第10話 第二王国の魔獣溢れの話

 街なかで、ウイリアムはシンディと連れ添って歩くマリアを見かけて、声をかけた。


「そう言えば、図書館は今日は休館日か。この前、君らに外で会った時も休館日だったな」


「ホントは図書館に居たかったんです。外に出てやることなんて、無いし。でもケーキの新作って聞いて」


「休館日でも、休日でもマリアは殆ど出かけないんですよ。スイーツフェアだって、漸く引っ張り出せたのに」


喫茶店でウイリアムの奢りで3人は話をしていた。この喫茶店の新作スイーツを食べようと、ウイリアムに誘われたのだ。


「そう言えば。先日話してた陸路開拓、中止になったそうだ。王太子がストップをかけたらしい。ただ、魔獣除けができるかどうかの実験は行なうそうだ」

「そうなんだ」


「そっけないな。前に気にしていたみたいだから教えたのに」

マリアは少し嬉しそうにチーズケーキを口にした。水牛のリコッタチーズで作ったチーズケーキだという。


陸路開拓なんて話よりも、この美味しいチーズケーキを味わうのが先だ、と思っても口にはしなかった。それでも、話に答えた。


「森は不可侵って聞いていたからさ」

「そうね。私もそう聞いてたから、ちょっと心配だった」

「心配って」


「私の祖母は、第二王国出身なんです。昔、森に手を付けて、魔獣が溢れ出したっていう話を聞いたことがあります。『森は魔獣達を癒やしている場所だから、手を付けてはいけないんだ』ってよく言っていて」


「その話、もう少し詳しく教えてくれないか」

ウイリアムが身を乗り出して聞いてくるので、シンディは身を引いてしまって、間にマリアが入った。


「はいはい、シンディが魅力的なのはわかるけど、そんなにがっついて手を出したら駄目だよ」

自分の行動に気がついて、彼は身を引いた。


「ああ、すまん。そんなつもりじゃなかった」

「いえ」

シンディは真っ赤になっていた。


「あの、祖母に直接聞いたほうがよいかと思います。今回の記事で、祖母も心配していました」


「ああ、紹介してもらえると有り難い」

「おばあさんの話、私も聞きたい」

「じゃあ、都合のいい日があるか、今、連絡してみる」


連絡を取ると、これからでも良いという話になった。



 テーブルの上には、マフィンやスコーン、そして4人分のお茶。


「私も祖母から聞いた話なのよ。祖母は、祖母から聞いたと言ってたわ。祖母の祖母が経験した話だと聞いているのよ」


 第一王国には、魔獣の出現しない山脈がある。その山脈には鉱山があり、そこから様々な鉱石が産出していた。隣国である第二王国には、広範囲で魔獣の出現しない山脈、森などなかった。


第一王国に近い辺境の領地をもつ領主は、自分の領土で鉱山がないか調べていた。なんとか領地を立て直す手がかりを色々と探していたのだ。


そんな時、色褪せて、所々消えかかった魔獣に関する本が、ある魔法士によってもたらされた。


その本には、魔獣よけの魔方陣と魔獣よけの香の成分が載っていたという。

「この本を解析いたしました。森へと進出できましょう」


魔法士の言葉に踊らされた。非常に高価だったがその魔方陣と香を購入した。百人規模の領兵がそれらを携えて、森へと出向いた。


 魔獣よけの香で草木が枯れ、魔方陣をみた獣も、魔獣も狂ったように襲いかかってきた。


「その時、森に行った人々は殆ど帰らなかったと言うわ」

「その魔獣はどうなったんですか。村や町は、」


「村や町には結界があると言われてるでしょう。それによって、護られたんですって」


村や町の中心には広場があり、その中央には結界石と呼ばれる石塔が立っている。これが結界を張っているのだと言われているが、この結界は目には見えない。

新しく村や町が作られると、必ず中央にこの結界石が領主によって置かれることになっている。領主の役割の一つがこの結界石の作製と設置だ。


「人は出入りできたけど、結界の中に獣も魔獣も、入れなかったそうよ。ただ、見えない結界など気にせずに、結界の外に作られた家は、駄目だったというわ」


 起こった事態を伝えるための伝令は、近くの村に飛び込み命を繋いだ。其処から、何とか領主へと連絡を取った。


だが、人々は結界より外には出られなくなった。畑などは結界の外だ。蓄えも十分な場所だけとは限らない。


「助けを呼べたとして、獣はなんとかできても、魔獣は手の施しようがない無い」

ウイリアムが呟いた。


「そうね。でも、その時は、魔獣を森に返したと言ってたわ」

「どうやって」

「図書館から、魔法士様が来たと聞いてるの」


 その魔法士は、黄金の枝を持ち、魔獣を追い立てたという。大いなる樹の枝だと、言っていたと。

この枝は大いなる樹のものだと、教えてくれたそうだ。


 魔法士が図書館から来た者だとしれたのは、その着ていたローブが王立図書館のものだったからだという。ローブの背には碧色の印が輝いていたという。

碧色の印は、図書館のものだ。


 あの魔法士様は、図書館からの使者だったのだと、大いなる樹とは世界樹ではないかと、その後人々は伝えている。


「その話は、第二王国ではよく知られた話なのかしら」

「それは、判らないわ。でも、祖母の祖母がいた村人では知らない人はいないと言っていたから」


 第二王国で暮らしていた祖母の母は、街で働いていた時に、第七王国で商売をしていた祖母の父と出会い一緒にこの国に来たという。


「森が魔獣を癒やす所だという話は」

「それも魔獣を森へと返してくださった、魔法士様のお言葉だったと聞いたわね」




「大陸歴2485年、第二王国での魔獣の溢れの記録がある。きっとその時の話だと思う」

「今から134年前か。年代的にも悪くはないな」


「マリアすごいわね。そんな他国の事件の年代がすぐ出てくるなんて」

「えー、だってこの3年間、ずっと歴史書の写本だったもん」


「その歴史書には、なんて」

「事故で魔物が溢れて、当時の領主が、王に願い出て封印の力を借りたと書いてあった」


 一般的には、魔獣が溢れた場合には、王が持つという封印の力を使うとされている。そのための王なのだ。封印の力とは聖魔法の一つとされている。


「なんで、王ではなく図書館の魔法士なんだろう。黄金の枝というのは、たぶん、王が聖魔法の際に顕現させるという、世界樹の枝だろうか。そう考えれば大いなる樹というのは、世界樹の事じゃないかと思うんだが」


「王様が、図書館員のコスプレをして現れた? 」

「何の為に? 」

「やっぱり、違うかな」



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次回更新予定は10月21日です。

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