業務日誌 1

  年  月  日


 写本係の最初の仕事は、インクを調合することだ。その本によって、それから書く側の力によって、インクの材料が違ってくる。写本する側が熟練に達していれば、正直何でも良いという本もある。


その文字、そのページ、その本に相応しい力さえ籠められれば、良いのだ。力がない者は、その分材料を充実させる必要がある。


その材料選びと抽出が要となる。力がある材料ならば、そのままを維持できるように。力が少ない材料ならば、その力を抽出し、色濃くなるように。


 道具は、揃っている。後は技術だけだ。先代の残した様々なインクを参考にして、インク作りは始まる。


最も厄介な材料は人の血だ。図書館員から提供を受けている場合が多いが、その人選が必要だ。自分の血でいいなら、簡単なのにといつも思う。

誰でも良い訳でもなく、皆が知る処にしてもいけない。本人にすら、場合によっては知られてはいけない。出来れば、魔力が高いものが良い。



  年  月  日


 材料の発注は、直接館長に告げる。写本係の直接の上司というならば、館長になる。だから、地下書庫については、対外的に矢面に立つのは館長である。

どんな人物が、館長になったとしても、館長を受け継いだ途端、王立図書館に相応しい人物になる。館長就任の儀は大切なものだ。



  年  月  日


 写本の代金が高過ぎるというクレームがきた。だが、請求している代金の殆どが紙とインク代だ。

そう言うと、では、安価になるような材料で作成出来ないのかと、食い下がれたようだ。館長は、相手に本の質について話をしたらしいが、金が無いという一点張りだったという。それならば、諦めれば良いモノを。

  

その勢いにのってなのか、写本を注文してくる図書館同士での意見は二つに割れた。そのままでいいというものと、安価にして欲しいと言うものと。自分達の都合のみを主張する。勝手なものだ。


時間が経ち、人が変わればこうなるのだろう。代々の館長、図書館員はなにを教えているのだろうか。

新しく加わる図書館もあるので、仕方がない部分もあるだろうか。


館長に意見を求められ、それでは、二通り作りましょう、という事にした。前金で支払ってもらい、それに合わせて作りましょうと。

まずは最低価格。それ以上の金額であれば、その金額に見合っただけの写本にしよう。

それから基準価格。これは今まで通りの写本だ。


最初に言い出した人物は、前金にも渋ったらしい。だが、それならば、写本しないだけだ。別に、商売をしているわけでは無いので、此方は一向に構わないと突っぱねたらしい。

最低限の金額で、依頼が来た。



  年  月  日


 代金に見合った写本を受け取ったその人物の図書館は、その後、写本の写本を作ることに成功したと発表した。それはそうだろう。力がない本は、文字を簡単に写し取れる。それが意味を成すかどうかは知らない。



  年  月  日


 一時期、最低限の安価な写本の発注が続いた。そして、安価な写本が発注された本は、パタリと、その後注文が来なくなった。どうでもいいことだが。

館長からの話では、安価な写本を注文した図書館で、大々的に売り出したかららしい。


「どうでもいいインクと紙とで作った写本、直ぐに書けるし、此方も楽だ。その程度でよければ、いくらでもできる。まあ、どうしても、材料が揃わないと出来ないのもあるけど。それ以外を、王立図書館内でもそうするかい。私も楽だし」

「お戯れを」


割と本気で言ったのだが、館長に相手にされなかった。王立図書館用の写本は相変わらず手間暇かけていた。古くから有る図書館は、いずれも基準価格の本を注文してくる。



  年  月  日


 そう、どうしても安価にならない本がある。本自体がそんな事を許さないという場合もあるが、文字や方陣を写すのに、力が無いインクでは紙に書き落とせないものがあるのだ。

そうした本の安価な写本は、当然断るしか無かった。だが、あの図書館の人物は、納得しなかった。


「安価な写本になると、何処でも写本できるから、肝心な本は出せないのだろう。それは、我々をバカにするものだ。どのような本でも提供できてこそではないのか! 」

と怒ったらしい。意味がわからん。だが、無理なものは無理だ。



  年  月  日


 騒いでいた男が、この地下書庫に来た。本の閲覧にやって来たのだ。写本の発注も少ない時期だったので、事前予約もなく本は閲覧できる。

私は、この男が何をするのか、見届けたくなったので、請われるままに、何冊かの本を渡した。かつて写本の注文を受けたが、いずれも安価では写本できないと断った本ばかりだった。


 男は、本を図書館外へ持ち出そうとした。閲覧している風を装って、何か色々と魔術が施された鞄の中に本をいれた。外へ持ち出すために工夫した鞄だったのだと思う。

彼はずっと観察されていることに、気がついていなかったのだろう。


本は、図書館を出ようとした所で、燃え上がって消えた。抱えていた鞄が燃え上がったことで、男は大火傷をしたらしいが、命は取り留めた。

本は扱いのぞんざいさに意趣返しでしただけで、命まで奪う気はなかったのだろう。


 館長は正式にその男の所業を発表した。その男が持ち出した本は焼失し、それと同時にその本の全ての写本も消失したと。二度と、その本は読めなくなった。


 その男は、自分の無実を主張したらしい。だが、実際に男が借りた本の記録は残っているし、返却手続きは取られていない。しかも他の図書館にあったその本の写本は、全て消失していた。

王立図書館の陰謀だと、最後まで主張していたらしい。だが、その男はその後二度とどのような本も手にする事が出来なくなった。


本の呪いだと言われた。


尤も、焼失したという本は、地下書庫に戻ってきただけだ。その後は、書棚から出るのを拒否しているため、閲覧禁止書物になった。目録からも名が消失しているので、再び閲覧を希望するものは出ない。


今迄のアレヤコレヤで本達は、地下書庫以外での閲覧を拒否するようになった。仕方がないことだ。





  年  月  日


 安価な写本は十数年もすると色褪せ、読めなくなった。その写本もまた、数年から十年も持たずに薄れてしまったという。それらの本で、学んだこともまた同様だったと聞く。


その本で学んだ魔方陣や魔術が、その後も使えるものだったかは確認していない。


 写本の写本については、大量に生産されたため、誤字脱字が多いとか、内容を正しく理解していないために曲解して書いたとか、そういう本はがあった。そうした本は文字が消えなかったようだ。


元の本とは、別物になってしまったということなのだろう。魔方陣については、書き間違いから発動しないものになるのなら、問題はない。


逆の効能をもつ場合や、全く別物の力を発動させるものなどになる可能性は否定できない。


失われたとされる本の内容は、人々の知識から失われてしまうのか。その点も確認していない。




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次回更新予定は10月19日です。

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