第9話 そしてクッキーは、なくなった


 同じ本なのに、原本を読むか、写本を読むのかで魔法や魔術の理解度が異なる。


写本自体もそれを書いた写本係の熟練度によっても理解度が異なる。


その話は、ウイリアムにとっては衝撃だった。そんな事を考えたことも無かったし、自分で感じたことも無かったからだ。


「その人物と写本係になってからの年数によって、本によっては差が出ることがあるんです。

それがよくわかっている他所の図書館の館長さんは、写本係が熟練になってから、そういう写本を発注してくるそうです。そうですね。私だと、あと十年後ぐらいですかね」


「え、それじゃ、私が今まで写しで発注した分は、」

「それは、ウイリアムさんが実際に原本を読んで、写した分ですので大丈夫です。

ウイリアムさんは、差を感じてないんじゃ無いですか。

それと写しは、短いでしょう。1冊全部を写す写本ほど力を必要としないので、2年ぐらい経てば、なんとかなるんです。

その分、力のある媒体を使うのでインク代は多少嵩みますが。だから、これから少しずつお安くなりますよ。


例えばお弟子さんとか同僚の方に、原本を読ませずに私が写した部分だけ読ませても、理解度は低いかもしれません。

今まで依頼されていた写本については、私の手に余るようなものがまだなかったのと、ちょっと心配だった写本については先代が余分に写本したのがあったので、それをお渡ししているはずです」


「ああ。それで自分はを感じてなかったのか。あいつらが判らなかったのは写しだったせいか? 」

ウイリアムは思い当たることがあったのだろうか。思案げだった。


「図書館の利用ガイドで、きちんと明記してありますよ。まあ、ちゃんと読んでない人が多いみたいですが。

貴方は原本を必ず読んでますから、問題ないですよ」

そう言われて、ウイリアムは少し考え込んだ。


「昔は、利用ガイドを読まなくても、きちんと認識されていたそうです。

でも、写本が多くなってきて、各図書館で閲覧できるようになったこともあって。

原本と写本の両方に目を通す人が減った為に、この頃はそういう認識が低下してるそうです。原本と写本、両方読めば判るんですけどね。

多くの方は写本だけで済ませる人が多くなったそうです。」


「勿体ないな。折角なら原本読めば良いのに」

「そうは言っても、王都から遠い方とかは大変じゃ無いですか。まあ、行き来するための転移門とかありますけど。

それに熟練の写本係の写本であれば、あまり大きな差はないとも言われています。

良い写本だったら、年季の入った写本係の本ならば、問題なく魔法の感覚も掴めるでしょうということで。地方の図書館はできるだけ、そういう写本を送るそうです」


ちょっと悔しそうに、マリアは続けた。

「そうなんですよね。写本係の年数によって本の質に差が出るんです。

写本の質を考えれば、知っておいた方がいいですよね。

先日もまだ3年しか経っていない私に、『魔法全典集』全巻など魔法・魔術書関連で沢山の依頼がきましたから」


「何処からだい? 」

「何でも、新しくできるグリモワール図書館とかいうところです」

「ああ、そういえば王弟殿下の肝入で新しく作られる図書館が、そんな名前だったかな」


「そうなんですか。なんか凄い発注量で、指定された期間もえらく短くて。他の仕事もありますし、館長が無理だと言ってくれたらしいです。

そうしたら、人員を増やせとか言われたらしいですが。そういう問題ではないんですよね」


「それじゃ、地下書庫の人員が増えるのか? クッキーの分け前が減るな」

「何言ってるんですか、それは私にお土産として持ってきてくれたんじゃなかったんですか。さっきから見てたら、一人で全部食べそうな勢いですが。

人員を増員するのも無理だから、発注は受けないと言ったらしいですけど」

マリアもパクパククッキーを勢いよく食べ出した。


「まあな、此処だけは別、だからな。あの方は何を勘違いしているのだろう」


最後のクッキーは、ウイリアムの口の中に、消えた。マリアのため息の意味は、どちらだったのだろう。


「それで、グリアモール図書館の館長が、というよりも王弟殿下ですかね。地下書庫の本そのものを移動できないかという話にもなったみたいで」


「え、それは可能なのか。ここは王立なんていっているが王国とは無関係だよな。各国にある王立図書館の系列で、国とは別系統の組織だろう。王族であろうとも手出しはできないはずだ」


「できませんね、お断りしたそうです。それでも色々とごねられたみたいです。結局、この地上階の写本を、希望された本の写本ができあがるまで期間限定で貸し出しするということで、話が付いたそうです。

館長も機嫌が悪くて、先代の予備の写本の件なんかも黙っているようです。あれは私が未熟なままで、写本をさせて送る気満々ですね。内緒ですけど。

あ、そちらの写本が入るので、今よりも写しのペースは落ちますので。


どうも、王弟殿下は地下書庫の本について言われていることは、疑っているみたいです。おとぎ話かなにかのように思っているのかも知れません。

そうでなければ、写本係を簡単に増やせなんて言えないんですけれどね。

というより言われる筋合いでもないんですけどね。何を持って地下書庫の蔵書を寄越せなんていえるのか」


「王弟殿下、無茶苦茶だな。でも、この王立図書館自体が独立機関であって、別格だと判っているはずだと思うんだけどな。ここは、王室だろうがなんであろうが、不可触なのだと言われているのにな」



 この話は、図書館員全員が知る事であった。そのため王立図書館の中では王弟殿下への評価は、だだ下がりとなっている。

王弟殿下にしてみれば、自分が中心となって造る新しい図書館は、魔法・魔術関連の特化した図書館にしたいと考えており、それ故の要請だったらしい。この国は、他の国と比較しても群を抜いて魔法、魔術に優れている。それを、より、確かな物として、喧伝したいのかもしれない。だから、特別な本を手に入れたいのだろう。


 この王弟殿下の独断による申し出については、館長が王室へと異議申し立てを行なった。この地下書庫の書物移動への申し込みは撤回され、王室から正式な謝罪がなされた。病気療養中の国王陛下からの書面をもって、王太子殿下直々にこの図書館に訪れたそうだ。



「王弟は、きっと|図書館に入れないだろうな」

ウイリアムは、クッキーが無くなった菓子皿を眺めながら呟いた。




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次回更新予定は10月17日です。

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