第8話 原本と写本
ウイリアムは、思い出したように開拓団関係の話を付け加えた。
「ああ、そうだ。もう一つ検討されている方法があった。魔方陣を使う方法だ。
魔獣除けの魔方陣を開発したらしい。こっちのほうが即効性は高いから、先に検証されるだろう。魔獣除けが上手くいけば、陸路を開くのも安全に行える可能性は高くなる。森の狩猟などにも行きやすくなるだろう。それに、魔物溢れの時にも利用できそうだ」
そこまで言って、ウイリアムは、淋しそうに空の皿を見つめている。アップルパイを食べ終わったのだ。それを見て、マリアは仕方がないというように棚からクッキーを取り出して、新たに菓子皿に盛り付けて出した。アップルパイは、二切れも食べたんだ。十分だろうと思った。
追加のお菓子はウイリアムが差し入れてくれたものだ。
「でも、軍務省なら魔獣を討伐するとか言い出す気もするけど」
「ああ、あそこの本心としては、魔獣を討伐したいんだろうと思うよ。確かに。
この頃、ちょっと過激だし。でも、魔獣は聖魔法以外が効きにくいしね。普通の武器では一般の兵士レベルじゃ傷つけることも出来ないからな、今のところ」
「今のところ、ですか。じゃあ、そういう開発とかはしていると」
「しているみたいだ。あんまり外にそういった情報は出てないけど」
「触らぬ神に祟りなしって言いうけど。別に森を開拓しなくても、充分生活できると思うんだけどな。まあ、ごく稀に魔獣が溢れることがあると言われているから、それが怖いのかなとは思うけど。でも、なんだろう。上手く言えないけど、返って手を出す方が不安な気がする」
「本当のところ、魔獣討伐の研究の目的は世界樹だろうなと思ってる。世界樹の場所に行くには、先ずは魔獣をなんとかしないとならない。でも、樹海は格上の魔物がいるから無理だと思うんだが」
「うへぇ、お偉い方々は世界樹が好きですね」
「そうだね。魔獣に対応できれば、樹海にいる魔物にも対応できる目処がつくと思ってるのかな。なんか言われてるんだよ。世界樹に到れば、大陸を制覇できるって。馬鹿馬鹿しい話だと思うんだが、真剣に考えているのもいるみたいだ」
クッキーをパクリ。
「あと、もう一つは、自分達が強いと主張したいのかもしれない。男の子だからね。
もしかしたら、世界樹もその延長線上かもしれないが」
「男の人は、そういうモノなんですか? ウイリアムさんもそう思うんですか? 」
「いいや。皆が皆、そういう訳じゃ無いよ。ただ、一部でそう思う人達がいるだけで。例えば、私が魔法を極めたいと思うのは、別に強くなりたいからじゃ無い。知らない事を知ることが楽しいだけさ」
次々とクッキーが、ウイリアムのお腹の中に入っていく。
「段々、遠慮というものが無くなってきていますね」
「美味しいモノは、仕方が無い。コレ、お勧め品なんだよ」
嬉しそうに、クッキーを口にした。
「そうだ、魔獣に関する本を紹介して貰えないか」
「いいですよ。もし、地下書庫での閲覧をご希望であれば、閲覧申し込みをしてください。今、受け付けても良いですよ」
マリアはさらさらと何冊もの本の題名をその場で書くと、彼に渡した。
「これって、魔法省とかに写本はあるのかな」
「それについては、ちょっと待ってください」
マリアは部屋の奥にあるファイルの並んだ書棚に行くと、幾つかファイルを取り出してきた。
「えっと、魔法省の図書館には全部の本の写本があります。それから魔法省の方で個人的に抜粋の写しを希望されたものもあります。
あとは、王都内の図書館としては、王室図書室にも入ってますね。こちらも全部写本があります」
「へえ、本の写本だけでなく写しまで全部記録が残っているんだ」
「はい。でも、軍務省の関連では魔獣関係の地下書庫の写本はないですね。写しが幾つかは出ていますが。
まあ、魔獣に関しての本は、地下書庫に無い本も地上階にもありますしね。原本にあたる必要のないものも多いですかね。
地上階にある本は、一般に販売されている物から複写も可能ですので、ここに来る必要はあまりないでしょうね。
あ、地上階にある本も書き足しておきます」
先ほどの紙に、幾つか題名を追加していく。
(凄いな、全部記憶しているのか)
ウイリアムは、内心舌を巻いていた。
「原本にあたる必要がないっていうのは? 原本と写本は内容に違いとかあるのか?
例えば、今言った魔獣に関する本を此処で原本読むのと、地上階で写本を読むのとで」
「基本的に、書かれている内容に違いはないですが、」
マリアが、少し言い淀んだ。
「何か違うのか? 」
「違うとすれば、読後感と言うか、得られる知識の差、でしょうか」
「どういう事だ? 」
「今の私では、上手く表現できないんですが。
特に魔法関係ですが、原本には書いた著者の魔力が宿っています。だから、より正確に、より理解しやすい状態です。本質に直接触れるっていうんでしょうか。
感覚が掴めるならば、その魔法を使えるようになるでしょう。その感覚をより掴みやすいんです。共感しやすいといったらいいでしょうか。
一方で写本には、そうした文字に載っている魔力の量が違います。それに写本係の経験によっても左右されちゃうんです。
例えば、魔方陣についてですけど。魔方陣そのものに入る魔力は写本係の物になります。写本係は、原本を見て理解して書いているのでちゃんと魔方陣は掛けるんです。
けれども、他の写本などで知識が蓄積され、経験が深まり、より理解が深まった方がよりよい魔方陣になります。そちらの魔方陣を読んだ方が、理解が深まるんです。
ですから、写本係になったばっかりだと、他の図書館などに送るための本は、歴史書などの魔力にあまり左右されない本を中心に写本しています。私なんかは、この頃ようやく、魔法書関係のものも写本するようになりました」
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次回更新予定は10月15日です。
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