第7話 アップルパイと開拓団の噂
「森への開拓団が結成されるんですって」
「なに、それ? 」
朝食は、新聞を読みながら取っているシンディに、いつもなら適当な相槌を打つマリアが、珍しく尋ねた。
「ほら、森は全部が全部、魔獣が出現するわけでもないでしょう。で、魔獣が出現しない森の端を開拓しようという事らしいわ」
「魔獣が出なくったって、危ないんじゃないのかな。端だといっても緩衝地帯みたいな物だろう。それを破壊したら、魔獣が街や村に出現しやすくなるとかあるかも。緩衝地帯があるから、魔獣が外へ出ないという話もあったよね。稀に起こる魔物溢れも森への過干渉じゃないかという説があったと思うけど」
「そうよね。私もそう思うわ。今回は、お試しっていうか、街道を作れないかっていう試みらしいわ」
大陸にある7つの国の国境には森林がある。この森林内の奥には、魔獣がいるために誰も手をつけていない。従って、森林内には街道などが存在しない。
そのため、国同士の交易は海上交易のみになっている。人の移動の場合は、各国毎に転移門が作られていて、そこでの行き来は可能だ。
新聞で発表された今回の試みは、海に近い部分の森林内に街道を通せないかという試みが検討されているという話だ。海上輸送より、陸上輸送の方が、交易が安定するという主張らしい。
この大陸にある森は大きく三つに区別されている。国境周辺地域の人々が暮らしている場所に直接接する浅い森は獣が暮らし、人が利用できる範囲になっている。それよりも奥に入ると魔獣が跋扈する地域となる。
そして、大陸の中央部の森は、人の侵入を拒むような深い森であり樹海とも呼ばれる。そこには巨大な魔物が幾つも跋扈しているという。だから、世界樹があるという大陸の中心部は禁足地になっている。稀に森の中央部へと挑戦する者はいるが、帰ってきた試しは無い。
だが、大陸の縁、海岸沿いならば魔獣の出現する場所を避けて、街道開通の可能性があるかもしれないということだろう。
「ああ、その話か」
本を閲覧に来ていたウイリアムが、三時のお茶にやって来た。シンディの作ったアップルパイを美味しそうに頬張っている。
「知ってる? 」
「そりゃ、国の政策の一つだからな。幾ら魔法にしか興味がないといっても、私も魔法省の末席に身を置く者だしな。話は耳にするよ。
軍務省が、新しい魔術を開発したとかで、開拓団が検討されているんだよ」
「魔術の開発なのに、魔法省じゃなくて、軍務省なの? 」
アップルパイを一口、お茶で流し込み
「魔法省は、基礎研究が多い。それを応用したんだ。魔獣の研究についての応用だ」
魔獣に対処する事は可能か、それについて長年研究がされてきている。彼等には聖魔法しか通用しないのが現状だ。聖魔法は主に王族に出現する。
有事の際、王族が赴くのが間に合わない場合も想定され、それ以外の方法が探られてきたのだ。その結果、魔獣が忌避する成分などについて、いくつかわかったという。
そこで、森林の縁を開墾してその忌避成分を撒くことで、どのくらい維持されるのか、といった実用実験が軍務省主体で行われることになったという。
元々軍務省は警察機関でもあるが、魔獣対策の為に作られた部署でもある。魔獣は滅多に森の外に出てくることは無い。それでも、稀に魔獣が溢れることがあったためにその対策を採っておきたいのだという。
なぜ、魔獣が溢れることがあるのか、それについても様々な議論がされているが結論は出ていない。マリア達が話していたように、必要以上に森に手をつけると起こるとも言われている。
「そこまでして、陸路って必要なのかな」
マリアの呟きに
「陸路を通したいというのは判らんでも無い。手段は多い方が良い。海路に何かあったとき、陸路に切り替えるということもできるだろう。海路も安全というわけでもない。嵐があれば利用できないし、稀にクラーケンなどの大型の魔獣が現れることもある」
「そんなものなのかな」
どこか、マリアの声に戸惑いがあった。
「魔獣を仕留めるという方法では無く、彼等が近づかないような法術を使うと聞いた。軍務省が担当しているが、彼等にしてみれば穏やかな方だと思うけどな」
魔獣は森の奥から滅多に出てこない。だから、森の縁部では獣を狩ったりできる。森の恵みを得ることも出来るし、ある程度ならば、樹木の伐採も可能だ。
森では魔獣の出現する場所かどうかは植生が変わるのでそれを目安に判断し、それ以上奥へは進まなければ問題は無いと言われている。
その植物の分布の違いと棲み分けに関係があるのではないかという研究がなされ、そこから導き出されたらしい。
将来的には、その場所に分布している植物のつくる化学成分を変質させることで、魔獣の行動範囲をコントロールできないかという話も挙げられているらしい。
「植物の化学成分を変質させてって、植物もそうだけど森林に影響ないとは思えないな」
「植物のもつ化学成分を変質させるのは、まだ研究室内での実験段階だからな。今回はそこまではいかないよ。これについては、忌避成分を蒔いて問題が無いかの検討ぐらいだろう」
「おかしな事にならないなら、いいけど」
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次回更新予定は10月13日です。
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